華颯凛美の志者
□伝えられない言葉
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「許さん! 断じて許さんぞっ!!」
怒鳴り声と共に叩きつけられた拳。
「落ち着け、晋──…」
「これが落ち着いていられるかっ!! さっきから黙って見てりゃ、散っ々好き放題やりやがって!」
そう言って、晋作は傍にあった湯呑みに口をつけ、乱暴に茶をすするとそれ放り投げた。
行儀の悪さを指摘する暇もなく、晋作はある文を読み返す。
先程、藩邸の者から貰った文。
内容は、黒い影の行動についてだ。
藩邸の者からそれを受け取った時、身が凍るような感覚がした。
奴らは、武士、農民、住民、女から子供まで、奴らが行く先々に現れた人間を、斬り捨てる。
まるで、肩についた埃を払うかのように。
なんの躊躇いもなく。
現に、杏凛さんが黒い影に襲われた昨夜、1人の隊員が黒い影によって殺された。
その無念は、隊員はもちろん、晋作も私も忘れない。
「……まったく、人の命をなんだと思っているんだ」
思わず漏れてしまった言葉。
「ま、このご時世、そんな奴らは山ほどいてもおかしくねぇがな」
髪を乱暴に掻きながら、晋作が言う。
確かに、晋作の言う通りかもしれない。
人が人を斬る話など、嫌というほど聞いている。
「いやぁ、桂さん、高杉さん。遅れてしまって申し訳ない」
しばらくして、使いの者と共に、坂本くんと中岡くんがやってきた。
「いや、こちらこそ迎えに上がれなくてすまないね」
私の言葉に、坂本くんは首を振った。
「今から茶を用意してくるよ」
「すまんのう」
「ありがとうございます」
坂本くん、中岡くんがそれぞれ頭を下げた。
私は小さく微笑むと、大広間を後にした。
先日、坂本くんから一通の文が届いた。
――"近々、会合をお願いします"。
と、たった一行だけ。
すぐに、杏凛さんのことだと気づいたのだが、それを受け取ってからなんだか胸がざわつく。
大事の前の予感、というのだろうか。
とにかく、毛筆の調子がいつもと違う気がした。
(……考えすぎだ)
晋作によく指摘されるように、私は物事を深く考えてしまいがちな性分だ。
きっと、援護の強化を求めに来たに違いない。
茶葉の入った筒を閉め、盆を持ち、大広間に向かう。
「お待たせしました」
坂本くん、中岡くん、そして晋作の元に湯呑みを置く。
「ありがとうございます」
中岡くんが深々と頭を下げて茶をすすった。
だが、坂本くんは一口も飲まない。
「文は、読みましたか」
「あぁ、見た。お前らが来る前に、な」
晋作が、文をひらひらとさせながら言った。
「どうせ、援護の強化を頼みに来たんだろう?」
「それもあるんじゃが……」
坂本くんが、少し考えるように黙り込む。
不意に、胸がザワザワと波打つ。
しばらくして、坂本くんが口を開いた。
「杏凛を、薩摩に送ろうと思う」