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□宝石擬人化
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 ―――そう考えてから、もう五分ほど経った。
 一足先にカエデを揃えてしまった三人は、今はすっかり飽きらかして、バラエティー番組にあははと笑っていた。クォーツはかわらず必死だが、シトリンはそろそろスモーキーおじさんを疑いはじめていた。
 あのおじさんに限ってまさか、とも思うものの、二人がかりで五分もかけて、一枚も見つからないとなるとさすがに原因を第三者に求めたくもなる。「ただいまぁ」

 そんな時、ふとテレビ画面からの芸人たちのボケ突っ込みの中に、生活感溢れる声が降って湧いた。「あらぁ。みんな揃って何してんのぉ?」
「ママさん、お帰り」
「ただいま、シトリン。あららぁ、クォーツったら泣きべそかいちゃって。そんなにママさんが恋しかった?」
「ま、ママさ、」

 ぐずるクォーツを慰める、ママさんことガーデンクォーツに、アクアオーラが意地悪く口を挟む。「クォーツはねー、カエデが見つからなくて泣いてるのよ、ママさん」
「何でわざわざバラすかなあああああ!!」
「ああ、そうだわぁ。みんなにお土産、あげなくっちゃね」
「待ってましたあ!!」
 喜びに沸く兄妹たちに、ガーデンクォーツは大きな紙袋の中から簡素にラッピングされた品々を放りわたした。
 アメシストには細身のレザーブレス、ローズクォーツには綺麗な蓮の模様のブローチが行きわたった。二人はお礼もそこそこに、腕につけたり胸元に当ててみたりを楽しんでいるのを横目に見ながらも、「そういえばママさん」
 シトリンは尋ねた。「ずいぶん遅かったけど、今までどこに行ってたんだい?」

 ママさんは、早く早くとせがむアクアオーラに、マカダミアナッツチョコレートの大箱を手わたしながら。「ああ、スモーキーに挨拶しに行ってきたのよ。お土産もわたさなきゃならなかったしねぇ」
「……」
 なにとぞ、禁煙パイプじゃありませんように。
 心の中で両手を合わせた、シトリンはふと、ある推測に至った。

 頃合よろしく、事の仕掛け人がちょうどお風呂からあがったらしかった。あらかじめ脱衣所にタオルと着替えは用意してあったが、最愛の夫が風呂場にいると見るや否や、ガーデンクォーツはかいがいしく世話を焼きに脱衣所へ向かった。半開きになった引き戸の向こうから、「パパ、次はごはんにしますか? それとも」とか何とか、うっかり砂糖を吐きかねない発言が漏れ聞こえてきたのにはスルースキルを発動して、シトリンは声高に呼びかけた。「パパさん、ちょっといいかい?」

 ルチルクォーツの声は、湿気でくぐもって聞こえた。「んんー?」
 シトリンは、大喜びでチョコレートの包みを開いているアクアオーラに一瞥向けて、「これって、アクアちゃんの分のおみやげも、もちろん入ってるんだよね?」
「はあ?」
 パパさんは、まるで見当違いの摘発を食らったような、挑発的な声を出した。「いやいや、何言ってるかな。僕はアクアちゃんの分は、スモーキーのと一緒くたにしてママさんに預けたぞ」

「…………」
 アクアオーラが、びりびりとチョコレートの紙包みを破いている。
 クォーツは、驚きを通りこした呆然の表情で、見えるはずのないパパさんの姿を、まるで透視しようとしているかのようだった。それからゆっくりと隣の家の幼馴染の、女の子をかえりみて、その目の前で、
 アクアオーラは見せ付けるようにチョコを口に―――

「あ、アクアちゃあああああああああああああああああああん!!」

 絶叫、した。
「アクアちゃん!! アクアちゃん、それっ! それっ、僕のおおおおおおおおお!!」
「だめだめー。わたしがカエデ見つけたんだもんっ」
「アクアちゃん、今のパパさんの話聞いてた!?」
「何のことかわかんないもんっ」
「アクアちゃあああああああああああああああああああああん!!」

 追うクォーツと逃げるアクアオーラ。体育館さながらに駆けずり回る二人の小学生に、シトリンは一応、「ぶつからないようにね」と釘を刺した。
 リビングを縦横無尽に走るアクアオーラはすっかり意味を成さなくなった桜の枯れ葉を蹴散らして笑う。
 クォーツはやっぱり半泣きだ。散らかった葉っぱを集めてまとめて、燃えるゴミに放り込んでから、シトリンは久方ぶりの台所仕事に袖をまくって張り切っているガーデンクォーツの横に並んで、小声で言った。「おれの分、クォーツにあげてよ」

 ガーデンクォーツは、何の話? とは聞き返さなかった。
「じゃあ、貴方にはお土産話をしてあげるわ」
「何か楽しいことでもあった?」
「ええもう、よくぞ訊いてくれました、だわ。あのねぇ、パパさんがね」
 二十年以上連れ添っているはずの夫のことを、惚気ながら語るママさんに相槌を打ちながら、シトリンはこっそりと、彼女が持ってきた“お土産”を盗み見た。

 世界遺産のシギリヤロックがプリントされた、大きな紙袋は箱型のふくらみを残していて、そこに“四つ目”がまだ横たわっていることを実に高らかに主張していた。


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12.09.10
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