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□宝石擬人化
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【紅葉合わせ】



 半年ぶりに、パパさんが帰って来た。「ほれ、みやげ」
 夜中から降り出した雨が、今もしとしとと窓を濡らしている秋の日のことだった。

 折しも日にちは開校記念日。“平日”にも関わらず“休日”というイレギュラーを、目一杯楽しむべくわくわくしていた男の子も、再来週の実力テストに向けて参考書を開いていた女の子も、同じく再来週には実力テストが控えているのだけれども、そこはそれ秀才故の余裕というやつで、ぼけーっとテレビを見ていた男の子ももれなく全員、家の中に居た。
 もちろんこの開校記念日に合わせて、自分のパートタイムにちゃっかり休み希望を提出していた長兄も、例に漏れず。久方ぶりに顔を合わせた実父――ルチルクォーツから手渡された、“お土産”を両手に途方に暮れていた。「……パパさん」

 ルチルクォーツはびしょ濡れのスーツを、まるで雑巾をそうするように絞りながら、困惑顔の長男を見つめ返した。「あん?」
「これは一体なんなのかな?」
「だーかーら。みやげだよ、み・や・げ」
 言ったあとで。水に濡れた大型犬のように、ぶるぶるっと首を振るったので。前髪からうなじから、滴っていた雨が玄関のいたるところと、もちろんシトリンにも降り注いだ。
 シトリンはこめかみに付着するや否や、つつつぅ、と頬を伝っていった雫をシャツの袖でぬぐうと、改めて左右の手を、見下ろしたそれは。

 それは、シトリンがパートに出ている大型スーパーの、ロゴがプリントされたビニール袋だった。「……落ち葉の山に、見えるけど」
 食料品売り場のレジで、最近は“資源を大切にしましょう”とかで、値札が付くようになってしまった以外は至ってありふれた、袋の中には赤く色づいた葉っぱ――ただし。いわゆる五本指のカエデではなくて、多分。シトリンの記憶が正しければ、近所の公園に植えられている桜のそれだ――が、はちきれんばかりに詰め込まれていた。

 ……ところで。
 両親が今年の春から実に半年余り、滞在していたのは熱帯地方、スリランカだと思っていたのだが。「そーだな、落ち葉の山だな」
「スリランカで拾って来たの?」
「まさかだろ」ルチルは、実に楽しそうにスーツを振りはたいた。「スモーキーにそこらの公園で拾わせた」さっき絞りきれなかった飛沫が、床にダイブしてぱたぱたと音を立てる。「……ああ、もちろんお礼はするぞ? 実はな、今流行りの禁煙パイプなるものが手に入ってだな」
「……パパさん」
 果たして、それはヘビースモーカーの叔父に押し付けるには、嫌味としか言いようのないプレゼントだろう――それでも。綺麗にラッピングされた“お土産”を前にして、怒ることも出来ず、無下にするわけにもいかず。頬筋を引きつらせながらも禁煙パイプを受けとるのだろう――そんな。スモーキークォーツを思うと、甥っ子シトリンとしては同情に堪えない。

 そもそもスモーキークォーツは、水晶兄弟にとっては母方の叔父――ルチルクォーツにとっては。ややもするとお互いに気を遣いがちな、義理の弟にあたるのだが幸か不幸か同級生だったことのある二人は、学生時代の内輪ネタを肴に酒を飲み交わせる程度には良好な関係を――とっくに通りこして、親戚同士としてはいささか特殊な、関係性を築きつつあった。
 オブラートに包んで言うと、上司と部下の、ような。
 あけすけに言えばご主人様と下僕。どんな弱みを握られたやら。スモーキークォーツはとかく、ルチルに逆らえず。事あるごとに雑用から子供たちの世話まで、押し付けられるごとに意地悪をされているのは面倒を見てもらっている側からすれば、非常に申し訳なくて本当にもう、「うちのタチの悪いパパさんが、いつもすみません」ってなもんなのだが何はともあれ今はスリランカからのお土産のが大事なのである。


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