同人

□貴女へのプレゼント
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※女体化




ふと、ショーウインドーに飾られていた服が目に留まり、小十郎は思わず足を止めていた。
いつもはスルーしてしまう、駅に程近い服屋の前であった。
流行りに敏く値段も安いと評判の店。クリスマスという事で、入口から伺える店内はいつも以上に煌びやかな雰囲気に満ちていた。店の顔であるショーウインドーのガラスの中は、殊更にゴージャスな飾り付けである。
小十郎が見ているのは、その片隅に引っかけられている一着のポンチョだった。リボンが編み込まれた大きな鎖編みが愛らしい、真っ赤なニット仕様。
見た瞬間、恋人の顔と今日がクリスマスである事、今年は奇跡的に時間が取れた事が一瞬で脳裏を駆け巡った。
今まで乗っていた人波から脱し、ライトアップされたガラスの前に立つ。
まじまじと眺めて、改めて思った。
きっと佐助に似合う、と。
しかし小十郎は、直ぐに購入を決断する事ができなかった。
理由は、この服を佐助が気に入ってくれるだろうかという心配。
そしてクリスマスプレゼントを買う事に恥ずかしさを覚えたというのもある。
小十郎は何とは無しに店内へ視線を移した。何組もの男女が見受けられる。甘い雰囲気を振り撒きながら、互いへのプレゼントを選び合っているようだった。
例年であれば、小十郎はこの光景に溜息をついていた事だろう。
この時期は小十郎の仕事が立て込む為、クリスマスを二人で過ごすなんて夢のまた夢だったのだ。
だからというか。
実は、クリスマスプレゼントを贈った事が、無い。それどころか、一緒にこの日を過ごした事も、無いのである。
仕事が落ち着くのはいつも年末で、その埋め合わせをする暇も無く正月準備の忙しさに揉まれてしまうのだ。
恋人失格なのは自覚しているが、こればかりはどうしようもなかった。
だからせめてもの償いに、今年は何かを買って行こうとは思っていたのだけれど。

(赤い服を着てた事なんてあったか…?)

小十郎は佐助の服の好みを把握してなかったのだ。
そもそも服が意識に留まるなど自分でも予想外である。ケーキとかワインとか、そういう無難なものを考えていた。そうすれば間違いは無いから。しかし、プレゼントとしては物足りないと思っていたのもまた事実で。
どうしたものか、と小十郎は顎に手を当てて考える。
佐助は普段、どんな服を着ていただろうか。彼女は明るい頭髪をしているから、それが映えるようなカーキ色などの自然色を好んでいた……ような気がする。
パッと思い浮かばない事が我ながら情けない。
佐助は基本さばさばした性格をしているが、女性らしさもちゃんとある。自惚れかもしれないが、そんな彼女が己の前でファッションに手を抜いていたとは考え難い。
だというのに覚えてない……横っ面を殴られても文句は言えないような気がする。
恋人のファッションにとやかく言うタイプではないとは言え、無頓着過ぎたと絶賛後悔中だ。
眉間に皺を寄せて記憶を手繰る。
彼女の普段着。スカートを穿いている姿はあまり見ない。スキニージーンズを愛用している印象がある。可愛いというよりは綺麗め。あと、やはりポンチョが好きなのだろう。色んなポンチョを着ていた事を思い出した。
一緒に買い物に行った事も何度かある。暇潰しに服を見て回った事もあった。その時彼女はどんな服を手に取っていただろうか。
朧げだった記憶が徐々に輪郭を取り戻していく。
異なるデザインの服を両手に持ち、佐助は鏡の前で難しい顔をしていた。何に悩んでいるのか尋ねて……。

「あ…」

そこで小十郎は、唐突にその時の会話を思い出した。



『これ可愛んだけどなぁ…』

そう一人ごちて、うーんと悩んでいた佐助。当時の己は、ウインドウショッピングに飽きはじめており、早く一服したかったがために『気に入ったんなら買えばいいじゃねぇか』と安易な言葉を返していた。

『うん…形はめっちゃ可愛んだけど、色がね』
『色?…おめぇ赤嫌いだったか?』
『ううん、そういう訳じゃないよ』

でも、と彼女は続けた。

『赤は旦那が好きでよく着る色だから、出来れば服の色がダブらないようにしたいんだよね』



小十郎は額に手を当てた。
そうだった。赤は彼女の親友のイメージカラー。
だから結局、佐助はあの服を買わなかったのだった。

「………」

これを買うのは、やめよう。
逡巡して出した結論はとても後ろ向きなものだった。
嫌悪している訳ではないと言っても、避けている色の物を貰っても嬉しくはないだろう。せっかくなら心から喜んで欲しいし、やはりファッションに疎い己が選んだ物など、彼女の意に沿うはずがない。
だからやめよう。
自分で決めた事なのに、思いの外名残惜しくて小十郎は苦く笑った。
しかし、いつまでもここで立ち往生している訳にもいくまい。柄にも無い事で悩んで時間を無駄にするより、きっとその分一緒に過ごした方が有意義だろう。
溜息をつく。
後ろ髪引かれる思いは払拭出来なかったが、無視して踵を返そうとした。
その時。

「奥様へのプレゼントですか?お客様」

後ろから声を掛けられて、小十郎はビックーと跳び上がった。
平静を装って振り向くと、店員らしき若い女性が己に向かってニコニコと笑い掛けている。
よく己に話し掛けられたものだ、と妙なところで関心した。己がその筋の人間にしか見えない怖面なのは、自覚しているので。
店員がくりっとした目でこちらを見てくる。その瞳は何故かきらきらと輝いていた。

「とても恐い殿方だな〜と思って見てましたが、随分熱心に悩んでいらっしゃったのでついお声を掛けてしまいました!奥様へのプレゼントに悩む素敵なおじ様、私がご相談に乗りますよ!」

その瞬間、周辺の空気が凍り付いた。小十郎がではなく、偶然それを聞いた通りすがりの人々が絶句したのだった。しかしその空気の変化は一瞬で解消し、人々は二度見しながら去っていく。
小十郎は呆気に取られてポカンとしていた。
恐い?奥様?おじ様?
初対面の女性に面と向かってそんな事を言われたのは初めてである。衝撃が大きくて怒りには結び付かなかった。実年齢より老けて見られるのも慣れている。
店員だけがさっきと変わらず、ニコニコと微笑み続けていた。

「このお洋服はお店の奥にありますよ。どうぞご覧くださいな!」
「いえ、あの…」
「さぁさぁ遠慮なさらず!」

小十郎は内心がっくりとうなだれた。
面倒くさいのに捕まった。
うんざりしている間にもグイグイと背を押され、小十郎は仕方なく店内に足を踏み入れたのだった。



*゚+.*゚+.*゚+.*゚+.*゚



「店頭に飾ってあったお洋服はこちらになります!」

店員に案内され、小十郎はさっき見ていたポンチョがずらりと並んでいる棚の前に来ていた。
こちらになります!と言われたところで、こういう店に不慣れな小十郎は、ただ呆けたようにその棚を眺める事しかできない。

「お客様、SMLどのサイズをお求めですか?」
「……あー…」

瞬時に答える事ができなかった。
本当に己は佐助について知っている事が少ないのだと思い知る。
佐助は一体、どのサイズを着ているのだろう。
細身なのでSでも着れそうが、彼女は他の女性より身長が高い為、丈がつんつるてんになるかもしれない。ポンチョだから目立たないかもしれないが、だからと言って適当に選ぶと失敗しそうだ。
商品をじっと見詰めながら考える。
多分、Mサイズで丁度良い。
彼女はすらりとしていて華奢だから。
しかし、本人は貧相だと気にしているらしい。小十郎ももう少し太った方が健康的に見えると思っていなくもないが、その細さは均整が取れていてきれいだとも思っている。
腕の中にすっぽりと収まる様は、小十郎の庇護欲を幾度となく擽った。
抱き寄せた肩の肉も随分と薄かった。腰に至っては冗談抜きで柳の様。くっきりと括れた脇腹を悪戯に撫でた時、逃げるようにくねるのが蠱惑的で………。
有らぬ方向へ進んだ思考。はっと我に返った小十郎は慌て頭を振って雑念を散らした。
多忙のせいで発散する余裕も無く大分ご無沙汰だった事を思い出した己が恨めしい。
……クソ、余計な事を…。

「どうかなさいました?」

ひょい、と店員が顔を覗き込んできた。小十郎は努めて表情を取り繕う。

「いえ、何も。…ぁ、サイズは多分、Mでいいかと」
「Mですね。かしこまりました!」

元気良く答えた店員が棚を漁り始めた。毛先を内巻きにしたショートヘアが動きに合わせて揺れている。ルンルンと鼻歌を歌い出しそうなくらい楽しげであった。

「ありました!」

目当ての物を探り当てた店員が満面の笑みを浮かべて商品を広げて見せてくれた。
小十郎は反射的に受け取ってしまう。手に触れた感触に微かに目を見開いた。
見た目よりもずっと柔らかく、ふんわりしていて温かかった。
佐助の好きそうな手触り。
見て触れて、尚更彼女に似合うと思ってしまった。

「……お客様?」

押し黙ってしまった小十郎に店員が小首を傾げる。
小十郎は鮮やかな赤のポンチョを手にしたまま暫く黙していたが、やがてそれを店員に返して苦く笑った。

「時間を取らせたのにすまないが、やはり買うのはやめようと思う」
「ええ!?どうしてですか!?」

大きな瞳を丸くして、店員は素直な反応を見せた。ショップ店員としては未熟だが、邪気の無い態度は好感が持てる。
小十郎は苦笑を深めた。

「彼女の好き色ではないし、センスの無い俺が選んだ物なんて、きっと貰っても嬉しくないでしょうから」

ショーウインドーの前で己に言い聞かせた事を再び口にする。
押しに負けて来てしまったが、元々あの時点で諦めるつもりだったのだし。
大きくなった未練を押し込めるように深く息を吸う。
すると、店員が静かに口を開いた。

「お客様、私に黒って似合うと思いますか?」
「あ…?」

店員の突拍子も無い問いに思わず素が出た。怪訝に思って店員を見れば、店員はふざけた様子も無く至極真剣な眼差しで真っ直ぐこちらを見上げていた。

「お世辞は無しです。私に合うか合わないか、深く考えずに教えてください」

別に答える義理は無いのだが、小十郎は律儀に戸惑いながらも店員を見返して思案した。
己より頭二つ分は小さい女性。失礼かもしれないが、女性というより少女という方がしっくりくる。
大人っぽい黒よりピンクなどの愛らしい色の方が似合うだろう、と思った。つまり小十郎の答えは否である。

「…あなたのイメージには、合わないかと」

ストレートに言うのは憚られたので、少しオブラートに包んでみる。
店員がにこりと笑った。

「はい、私自身もそう思います」

がく、とずっこけた心地がした。
何じゃそりゃ。

「正確に言うと、思ってたんです」

店員が何かを思い出すかのように目を細め、「ふふ」と笑みを深めた。

「でも、彼氏が黒いリボンをくれたのがきっかけで、この色も悪くないんだなって思えるようになりました。いつも無口であまり喋ってくれない彼が、似合わないって言う私に『そんな事ない、似合う』って言ってくれたのが嬉しくて!」

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