僕の上に空が続く

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「いってきます」
 
俺は小さくそう言うと玄関の扉をスライドさせた。
扉はスライドしながら鍵を一つずつ開け、そのたびにオルゴールの音色が響く。
開閉時に毎回変わる機械の音に俺の心は揺さぶられる。
いい音には人の心を動かす力があるらしい。
 
今日の音色は特に良い。
朝からいろいろあったが、これからいい事がある兆しかもしれない。
 
玄関を出てあいつを見るまでの一瞬、俺は本当にそう思っていた。
 
「おはよう、遅かったなっ」
 
俺の瞼に焼きついたのは、あいつの顔。
開いた口がふさがらないとはこういう事か?
俺はお前と一緒に登校する気などないのだが、一体いつになったら分かる。
心の中に皮肉が溜まる。

「まだいたのか」

呆れたように溜息をつき、俺は言う。 
 
「今日さあ、玄関の扉がいいように歌ったんだよな〜」

あいつは気にするそぶり一つ見せず、淡々とそう言ってきた。 
俺はこいつと同じことを考えているのかと思ったら、一気にモチベーションが下がった。
俺はあいつに一瞥を加え、隣を抜ける。
ドアの閉まる音色を後ろ手に聞き、そのまま高校の方向へと歩き始める。
 
「うわ、ばか待ってって」

待てと言われて待つ馬鹿はいない。
居るならお前くらいだ。
そう思ったがお前に教えてやる義理はない。
ばたばたと騒がしい音を立ててあいつが後ろから付いてくるのが分かる。

俺は歩調を速めた。
 
俺を追いかける靴音が聞こえる。
信号に差し掛かり、俺は点滅の直前でさらに速度をあげた。
うわっと言う声とともに足音が小さくなる。
 
「諦めたか」
 
しばらくたってから後ろから聞こえてきた靴の音が消えた。
俺は後ろを見てあいつがいない事を確認する。
居ない事にほっとして、少しだけ裏切られたような気がした。
こいつもか、と。
 
俺は何を考えてるんだ。
一つ溜息をつき、進行方向へと向きなおす。
 
「じゃっじゃじゃーん!」
 
「っっ!!?」
 
目の前に立つ人を認識すると同時に、体が自然と一歩下がった。
近道でもしたのだろうか、分かりやすいほど肩で息をするあいつがいた。
 
「今、後ろ見てたよな?俺が居なくなってて寂し―とか思ってた?」
 
「うざい」
 
「んなこと言うなって、友達だろ〜」
 
俺はあいつと目を合わせずにまた一つ溜息をついた。
うざい。
そう思ったのは本当の事だ。
でもなんで俺なんだよ。
馬鹿みたいに笑っているあいつを見て、俺は自分のペットを思い出した。
 
「お前ビビットみたいだな」
 
「え?何々?ビビッ…ト?」
 
体を震わせながらあいつが言う。
電気でも浴びた真似でもしているのだろう。
 
「いや、」

そういえばビビットも朝、背中を震わせて変な声出してたよな。 
馬鹿なところも似てる、そう思った。
 
「あ、カフカが笑った………」
 
頬の筋肉が一気に強張る。
あいつにそう言われて、自分が笑っている事に気がついた。
あいつが俺の顔を覗きみる。
俺は慌てて顔を逸らし歩みを始めた。
後ろの方ではまだあいつがぶつぶつと呪文のように同じことを言っていた。
 
「俺だって笑う。悪いか」
 
髪を掻きながらあいつに言って、自分が言い訳をしているようで情けなくなる。
振り返るとあいつが首をぶんぶんと横に振っていた。
こいつは何に対しても誠実なんだ。
こいつは何に対しても全力なんだ。
俺とは違うんだと思ったら、笑えてきた。
 
「コニャック、早くしないと置いてくぞ」

俺はこいつが凄いと思った。
だから俺の口が勝手に言葉を紡いでいた。
そう言うと、あいつの首の動きがピタッと止まった。
ぽかんとびっくりしたように目を泳がせ、それからパーっとあほっぽく笑う。

言わなければよかった。
 
「お、おう!!ってお前、俺の名前知ってんじゃねーか!!」
 
俺は気にせず歩き始める。
ばたばたと後ろからコニャックが駆けてくるのが分かるが、待つ気はない。
 
それからの道のり、コニャックはいつもよりハイテンションで学校の話を俺に教えてくれる。
俺は正直どうでもいい話だったので、特に内容は覚えていない。
だけど何の反応もしない俺相手に、コニャックは嬉しそうに話し続けたのが不思議でしょうがなかった。

コニャックは生まれながらの馬鹿なのか。
それとも生まれながらの能天気ってやつか。
 
今まで生きてきて、初めて俺に友達が出来たらしい。
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