僕の上に空が続く

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行き交う人の波が俺たちの邪魔をする。
彼の背中から放たれる威圧感に、俺は開きかけた口を何度も閉じざるを得ない。
その度に言葉が喉につっかえ、罪悪感と共に俺の中へと戻ってゆく。

そうやって何も言えないうちに教室へと着いてしまう。
部屋の中から漏れ出す音の群れ。
これが最後のチャンスだと強引に口を開く。
少しでも彼に伝われば戻れるかもしれない。
うざいと言って苦笑いされてもいい。
そんな希望はドアの向こうへ消えた。

「ごめん。カフカ、ごめん」

言いたい事は沢山あったはずなのに、口から出るのは貧弱な言葉のみ。
教室のドアが随分と重たいものに感じる。
教室に踏み入れた後も耳へと届く音を聞く度胸が締めあげられる。
溜息しかすることが無くなったかのように、無意味に同じ事を繰り返す。
隣の席のエミ―がこっちを見て笑っている。

「コニャックでも溜息つくのね」
「そりゃな」

彼女は鏡を片手に化粧を続けながら言葉を返す。

「へー、何も考えてなさそうだけど」

教室の中には他にも同じように鏡とにらめっこをしている女子がちらほらいた。
肩から鞄を下ろし椅子に腰を下ろす。

いつもと変わらないはずの光景に加算されたカフカの存在。
ただそれだけで雰囲気も音も大きくなった。
カフカの周りを取り巻いているクラスメイトに目をやる。

「考えてるんだよ人より。頭悪いからな」

すぐさま姿勢を元に戻し、机に頬杖をつきながらエミ―を見る。
目が合ったのでこれでもかと変な顔をする。
呆れたように苦笑いをされた。

「まあ、結局は努力よ」
「学年トップの君が良く言うよ。俺の努力は先週散った」

エミ―の顔に動揺が走る。
だがそれもほんの一瞬の事で、直ぐに元に戻る。
彼女は何か言いたげに眉をひそめて俺を見る。
「努力が足りないのよ」とでも言いたげなその表情から逃げるように目を逸らす。
現実からの逃避。

「お、俺だってな」

言い訳がましい俺の言葉を遮ったカフカの音。
椅子が乱暴な音を立て、立ち上がった彼と目が合う。
カフカは俺が視界に入るとすぐに目をそむけたようだ。

見向きもせず教室から出ていくカフカを追いかける。
俺の声は聞こえているはずなのに、そのままの形で俺へと戻ってくる。

今日初めてカフカとまともに話をした。
そしてまともに話す事が出来なくなった。

廊下へ消えていく背中を追う事も出来ず。
かける言葉も思いつかず。
これ以上の事を俺は出来なかった。

ただなんとなくその場を離れられずにいると、カフカと入れ替わるように担任が来る。
促されるように教室へと戻ると、未だにクラス中がカフカの話題でいっぱいだった。

ホームルーム開始のチャイムが鳴り響く。
その音色だけはいつもと変わらず、ゆっくりと時を告げた。
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