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□願い
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「広が馬になれよ!」
「嫌だ!兄上がなってよ!」
「馬鹿。俺の方が背高いんだから、そっちの方が高いとこに届くだろ!」
「馬鹿じゃない!背だって一緒だもん!」
さっきまで仲良く短冊を書いていたかと思えば、今度は兄弟喧嘩だ。忙しいことだ…と思いながらも、放っておく訳にも行かず、馬超はとりあえず仲裁に入る。
「何を揉めてる?」
「兄上が!俺に馬になれって!」
「だってそっちの方が良いだろ!高いとこに届かなきゃ意味無いんだから!」
「…一向に話が見えないんだが?」
馬超の言葉に、趙統と趙広は顔を見合わせた。そして不思議そうな顔で、趙広が尋ねる。
「もしかして、馬超さん知らないの?」
「何をだ?」
そう怪訝そうに馬超が返すと、途端に二人は嬉しそうに笑う。一体何なんだ、と思う馬超に、趙統が得意げに言った。
「短冊ね、高いとこに付けると願いが叶い易くなるんだ!だから今、頑張って上の方に届く様にしてたのに…」
そこまで言うと、趙統はまた趙広と顔を見合わせる。趙広も負けじとそれを見返す。
「広が馬になるの嫌だって!」
「兄上が俺に馬になれって!」
互いに互いを指差し、馬超に訴える。また今にも喧嘩に発展しそうな雰囲気の二人を前に、馬超は面倒そうに言った。
「要は高い所に届けば良いんだな?」
「うん」
「なら…これで良いか?」
そう言い、馬超は趙統を抱き上げた。一瞬驚いた様だったが、趙統はすぐに歓声を上げる。
「すっごい、高ーい!父上にして貰うより高い!」
「馬超さん!俺も、俺もー!」
「順番だ、後でな。それと趙統、あんまりばたばたするな」
袍を引いて強請る趙広を制し、同時に趙統を窘める。すると趙広はすぐに大人しくなり、趙統もさっさと笹に短冊を結わえた。聞き分けの良い子達だ。これも趙雲の躾の賜物だろうか、と何となく馬超は思った。
趙統に続き、趙広にも短冊を付けさせてやると、馬超は床に座り込み、壁に凭れた。その両脇を挟む様に、趙統と趙広も座る。
「馬超さん。俺達、何て御願いしたと思う?」
趙広が笑顔で尋ねて来た。
「『強くなりたい』か『父上の様になりたい』か…どっちかだろう?」
一番妥当と思える答を馬超は返したが、意外にも趙広は首を横に振った。
「半分当たりで、半分外れ。正解はねぇ、『馬超さんみたいに強くなりたい』だよ」
「俺…?」
「うん!だって“錦馬超”なんて呼ばれて格好良いもん!」
「それに関羽さんや張飛さん位強いって、孔明さんも言ってたもん!」
そうやって無邪気に笑い掛けて来る二人。しかし彼等の言葉も笑顔も、馬超の胸には深く突き刺さった。
何も守れなかった男。自ら大切なものを死へ追いやった男。そんな男が―自分が、何の強いことがある…?
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