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□願い
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「父上!」
突如聞こえた、趙雲の聞き慣れた声。同時にばたばたと駆け寄って来る足音。音の方を見遣るとそこには、
「統に…広?何でここに…?」
趙雲に走り寄って来たのは、趙統と趙広。その後ろに張飛とその家族が居る。
「張飛さんが……楽しいから、おいでって」
少し恥ずかしそうに趙統が言う。その隣で趙広も頷く。
「俺の家族は呼ばせて、自分は呼ばねぇなんざ…感心しねぇぜ?子龍」
そう言い、にやにやと張飛は笑う。そうですね、と返し、趙雲も微笑を浮かべた。
「なぁ、子龍。義兄者知らねぇか?苞がどうしても会いてぇって言…」
「あーっ!!」
突然趙雲が叫んだ。それも随分と慌てふためいている。
「すいません張飛殿!劉備殿への事後報告、すっかり忘れてました!」
「あぁ、んなことか。別に…」
「私ちょっと行って来ます!統、広、大人しくしてるんだぞ!」
「おい、子龍!」
持っていた短冊を張飛に押し付けると、趙雲は走って行ってしまった。
今頃趙雲は張飛に感謝していることだろう…と馬超は思った。自分から逃げる、良い口実を作ってくれたのだ。
「ったく…しゃあねぇなぁ、子龍の奴。どうせ俺も今から義兄者の所行くってぇのに」
なぁ、と馬超に笑い掛ける張飛。だが、馬超は無言で顔を背けた。何となく、笑顔を見ているのが嫌だった。
「なぁ親父ぃ!いつになったら劉備様に会えんだよぉっ!」
張飛の傍らに居た張苞が、ぐずる様に言った。これまでずっと大人しく待っていた分、相当焦れている様だ。張飛の腕を掴み、激しく揺さぶっている。
「あーもー解ったからんな揺すんな。馬超、悪ぃけどそいつらの面倒頼むぜ」
「あぁ……はぁ!?」
張飛の言葉に、つい適当に相槌を打ってしまった馬超。ちょっと待て、と離れて行く背中に言おうとしたが、早く早くと嬉しそうに張飛の腕を引く張苞を見て言葉が止まってしまう。一つ大きく溜息を吐くと、馬超は壁に背を凭せ掛け、瞑目した。
「馬超さん」
遥か下方から名を呼ばれ、馬超は閉じたばかりの眼を開けた。趙統と、趙広が居る。
「何だ」
「馬超さんは、乞巧奠知ってる?」
趙統が、どこか得意げな様子でそう尋ねて来た。馬超の居た涼州は、益州に比べれば辺境の地である。きっと趙統としては自ら乞巧奠の説明をしてやりたかったのだろうが、生憎と馬超もそれ位は知っている。
「あぁ。だが、特別なことはしなかったな」
「御願い、しないの?」
今度は趙広だ。
「しないな。涼州はここと違って戦の多い所だ。そんなことをしてる暇は無かった」
「ふーん…つまんないね」
「うん、何も無いのはつまんないね」
口々にそう言うと、二人は短冊に向き直った。願い事を書くのだろう。そんな二人を横目に見ながら、馬超は過去に想いを馳せる。―秋も、よく「涼州は何も無くてつまんない」と口にしていたっけ……。
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