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□願い
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「どんな事も、強く願えばきっと叶うものですよ。馬超殿にも、願って止まないことの一つ位あるでしょう?」
「…あぁ、ある」
「訊いても?」
「…子が、欲しい…」
「子?」
予想だにしない馬超の答に、趙雲は一瞬呆けた様な顔をした。
「…可笑しいか?」
「いえ。ただ…」
可笑しくはないが、意外だった。自分至上主義を地で行く様なこの男が……わざわざ自身以外に目を掛けるべき存在となるものを望むとは。
「ただ…馬超殿なら、今更願う程のことでもないのではないか、と思いまして。…貴殿の誘いを断る女などいないでしょう?」
珍しく俗っぽいことを口にした趙雲だったが、馬超はそれに何の反応も示さなかった。ただ一言、
「貴殿は、何も解っていない…」
とだけ言った。
「どういう意味です…?」
言葉の意味する所が解らず、趙雲は怪訝そうな顔で問うた。その問に、馬超はこれも珍しく真面目な表情で答える。
「俺が欲しいのは……妻との子、だけだ…」
聞いた途端、趙雲はしまったと思った。
馬氏は馬超と馬岱の二人を除いて皆、曹操の手に掛かっていたのだった。勿論、馬超の子も、妻・楊氏も。
彼が幾ら願おうとも、その願いが叶う日は来ないのだ。永遠、に…。
趙雲は自分の鈍さを呪った。だが、もう、遅い。
「家族が、欲しい。もう一度だけで良い。俺は…守るものが欲しい…。あの時の様には、絶対にしない…っ」
―あの時、とは。
きっと一族が殺された日のことなのだろう。馬超は指先が真っ白になる程に、強く拳を握り締めていた。そんな彼を黙って見つめる趙雲の脳裏に、先の張飛の言葉がふと浮かぶ。
『守るもんがあるってのは、幸せだよ』
…それは、誰にでも叶え得る、人並の幸せであるというのに。それを誰よりも渇望する眼前の男には、その幸せを手にすることは出来ないのだ。
馬超は強い。そしてその一方で、武人には似つかわしくない気品すらも備えていた。劉備にも厚遇され、破格の扱いを受けた。彼は凡そ全ての人が望むものを持っていると言うのに、真に望むものには決して手が届かない。それは何と哀しく、皮肉なことであろうか。
「…なぁ、趙雲殿」
馬超は拳を解いた。そして自嘲気味な微笑を浮かべながら、言った。
「これも、願えば叶うのか?」
「それは…」
趙雲は言葉に詰まった。真直ぐに見つめて来る馬超の視線に、胸の奥がきりりと悲鳴を上げる。
「…解りません。ただ…」
決して、気の利いた言葉ではないだろうが。趙雲には一つだけ言いたいことがあった。
それを言わんと、趙雲が口を開きかけたその時。
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