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□願い
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大広間には既にあの笹がちゃんと飾られてあり、尚香が忙しそうに動き回っていた。劉備はと言えば、笹の近くでぐったりと床に座り込んでいる。
「あ、趙雲様!」
劉備の様子に苦笑する趙雲の許へ、尚香がやって来た。
「はい、これ。趙雲様の分ね!」
そう言い、尚香が差し出して来たのは細長く切られた紙。願いを書く短冊だ。しかし、
「有難うございます。ですが…何故三枚あるんですか?」
願い事は一人一つ。三枚もあっても無駄になるだけだ。
そんな趙雲の疑問に、尚香は笑って答えた。
「残りは貴方の子供達の分。貴方、普段殆ど城に居るんだから…今日は二人共ここに呼んで、楽しませてあげなさい!」
―ちゃんと構ってあげないと、嫌われちゃうわよ?
そう冗談めかしく言うと、尚香はばたばたと走って行った。そんな彼女を見送ると、趙雲は手の中の短冊を見つめ、困った様に笑った。
彼の息子、趙統は八歳、趙広は七歳。丁度大人振りたい年頃なのか、こういう行事には最近全く加わろうとしなくなっていた。ただの子供の意地張りかと言えばそうでもなく、本人達なりに確固たる信念を持っての行動らしい。
それに水をさすのも可哀相か。しかし子供としての楽しみも教えてやりたい……趙雲の心境は、何とも複雑だった。
「困ったな…」
「何がだ」
「うわぁ!」
突如背後から聞こえた声に、趙雲は思わず声を上げた。
「この程度のことで一々声を上げるのか、貴殿は?情けないことだ」
「…随分な物言いですね、馬超殿」
貴方のせいですよ、と趙雲は少しむっとして言った。しかし、
「責任転嫁か?感心するな」
馬超はそう言うと、ふん、と鼻で笑った。彼はどうにも、言葉と態度が過ぎる男であった。
一度など、劉備のことを字で呼び捨てたことがあった。流石にこれは周囲が相当諫めた為にそれきりだが、馬超には劉備の下に居ることを肯じていない節があるのだ。城中の者とも、進んで親しくはしていない様だった。

趙雲の非難めかしい視線を無視し、馬超は動き回る尚香を見遣ると一つ溜息を吐いた。そして憚りを知らぬ声で言う。
「あの姫も御苦労なことだな。あんな紙切れ一枚で、願いなど叶う訳があるまいに」
「なっ馬超殿…っ」
尚香に聞こえていやしないかと一瞬冷や汗をかいた趙雲だったが、幸いにも尚香は気付いていない。それにしても、この馬超という男はどうしてこういう物言いしか出来ぬのだろうか。
「何だ、事実だろう?…それとも何か?貴殿は願いを叶えて貰ったことでもあるのか…?」
趙雲を小馬鹿にするかの様に、馬超はにやにやと笑みを浮かべながら言った。無論、趙雲もこんな話を信じている訳ではない。だが、
「…ありますよ」
「何?」
「私は劉備殿に…身命を賭して御仕えしたいと思う主に、巡り逢えました。幼い頃より願っていた、乱世を終結させられる方に…」
趙雲はそう笑顔で答えた。途端に馬超の顔色が変わる。だが、趙雲はそれに気付かなかった。
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