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□司馬家な人々。
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「腹が減った…」
もう幾度この言葉を呟いたことか…。既に夜明けが近くなりつつある程の真夜中である今。私は空腹に耐え兼ね、この時間になっても眠りに就けずにいた。それもこれも、全て兄上のせいだ。
全く、何故私までもが断食に参加せねばならぬのだろうか。そもそも、単なる夫婦喧嘩に子を巻き込むなど愚の骨頂ではないか。しかも喧嘩の理由は、「老いぼれ呼ばわりをされた」からだと言う。母上の御歳を鑑みれば…何と下らぬ理由であろうか…。
更に言えば、そんな理由で断食などとは些か陰険が過ぎるのではなかろうか。いや、言い出したのは兄上だが…。しかしどこの夫婦もそうなのだとしたら……否、全てがこれでは、この地に夫婦という言葉など存在するまい。やはり、我家は特異なのであろうな。世間では、「男が好く女は自身の母親に似ている」というのだそうだが…その点も特異であって貰いたいと、切に願わずにはおられぬな…。
そう言えば…きっと母上御自身には、断食などなさるつもりは毛頭無かったのであろうな。侍女達が食事をしている所を影から恨めしそうに見ていらしたし…大層お気の毒なことだ。まぁ詰まる所、とにかく全て兄上が悪い。そしてその張本人は、隣室で健やかな眠りに就いている…そう思うと、何とも忌々しい。

…もう限界だ。断食など知ったことか。明日の職務を全うするため、私には食べる義務がある。
意を決し、私は調理場へ向かった。しかし暗闇である筈の調理場には薄く光が燈っていて、既に先客が居た。私に背を向け、何かに齧り付いている。そんな先客に、私は声を掛けた。
「…何か良い物はございましたか、母上?」
私の言葉に先客−もとい母上のことだ−は驚いた様に振り返り、しかしすぐ笑顔でおっしゃった。
「干肉があるわ。少し固いけれど、味は良いわよ」
「頂いて宜しいですか?」
「えぇ。お食べなさい」
調理場の床に座り、私達は干肉に齧り付いた。…意外と美味くて驚いた。
「時に母上…断食とは一体何なのでしょう?」
「私には解らないわ、子上」
「ですよね…」

翌日、侍女達が「干肉が大量に盗まれた」と騒いでいたが……私の知ったことでは無い。
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