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□願い
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「どう?立派でしょう?玄徳様と一緒に、一番背の高いのを伐って来たのよ」
そう自慢気に言う尚香の後ろには、いかにも辛そうに肩息吐く劉備。彼の肩には、随分と立派な青笹が担がれていた。

今日は文月七日。乞巧奠。
この日笹に願いを書いた短冊を吊すと、その願いが叶うと言習わされている。普段は半ば男よりも男らしい尚香も、こういった行事には本来の少女の姿に戻る様で。
「さぁ玄徳様!休んでないでこれを大広間に飾りますよ!」
「な!?も、もう無理だ、もう一歩も……頼むぞ、翼徳」
そう言い、劉備は傍に居た張飛に助けを求めた。しかし二人の間に尚香が立ちはだかる。
「またすぐそうやって人に頼る!玄徳様の悪い癖です。許しませんからね!」
そして今度は張飛の方を見遣り、
「貴方も!あんまり玄徳様を甘やかさないで!」
と言い放った。
「…だってよ。俺は手伝えねぇや。悪ぃなぁ、義兄者」
張飛は笑いを堪える様な表情で言うと、ひらひらと劉備に手を振った。途端、劉備は絶望した様な顔をする。
「翼徳、お前…っ俺を見捨てる気……ぐえっ!!」
劉備の言葉が不自然な形に途切れる。見れば、劉備は尚香に袍の襟首を捕まえられていた。しかも尚香が後ろ手に掴んでいるせいで、より一層首が絞まっている。
「解れば良いの。ほら、さっさと行きますよ玄徳様!もたもたしない!」
「ちょ、尚香待…っぐえぇっ!!」
有無を言わせず劉備を引きずって行く尚香。あの様子では、尚香自身が笹を運んだ方が余程早いに違いない。そんな二人を豪快に笑いながら、張飛は見送った。
「ったく、義兄者も気の強ぇ嫁さん貰っちまったもんだよなぁ。なぁ、子龍?」
これも傍で、少々気の毒そうに笑っていた趙雲に、そう張飛が話し掛けた。
「そうですね。でも…幸せそうじゃありませんか」
「そうかぁ〜?あんなじゃじゃ馬に尻に敷かれるなんざ、俺は御免だぜ」
「では張飛殿、貴殿は今幸せでない…?」
「あ?」
趙雲の言葉に、張飛は一瞬ぽかんとした表情を浮かべた。しかし趙雲の意図に気付くと、決まりが悪そうに頭を掻いた。
「あー…俺ん家も…かかあ天下、か…」
「ええ、これ以上無い程に。でも幸せでしょう?」
「当ったり前ぇよ。月姫や餓鬼共…守るもんがあるってのは、幸せだよ」
そう言った張飛の眼が、目に見えて優しくなった。本人は否定するだろうが、家族のことを話す張飛の眼は、誰よりも優しい。
「奥方達、連れてらしたらどうです?特に子供は喜ぶと思いますよ」
「ん…そだな。最近餓鬼達に構ってやってねぇし…呼んでやっか」
「劉備殿には、私から」
「おう。頼んだぜ、子龍。じゃあな」
そう言って自分に背を向けた張飛を、趙雲は見送った。張飛は随分と早足な様で、あっという間に趙雲の視界から消えて行く。何となく微笑ましい気分になり、彼は小さく笑った。
「大広間に行くか」
劉備殿の手伝いと、事後報告をしなければ。そう言い、趙雲もまた歩き出した。
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