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□望郷
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―この地へ来て、一体幾年が経ったものか…。
月を眺めながら、蔡エンはそんな思いを巡らせていた。広大な原野を撫でた風が、彼女の元へ優しく吹き込んで来る。風に混じる微かな故郷の匂いを感じ、蔡エンはゆっくりと息を吐いた。
『幾年』という言葉は、蔡エンを良く慰める。全てを曖昧にしてくれるその言葉は、彼女の余計な嘆きや虚無感を打ち消してくれたから。
しかし彼女には解っている。匈奴に囚われた日から、過ぎ去る年月を指折り数えて来たのだ。この土地に来て、もう十二年になる。その間故郷の地を踏むどころか、見ることすら叶わずにいた。
―十二年。
それは言葉にすれば、ほんの刹那に過ぎぬと言うのに。しかし蔡エンがこの世の無常を知るには、充分過ぎる時間であった。
この地に連れて来られた日より、彼女は昼夜を問わず泣き暮らした。帰りたい―と叫び続けた。それこそ涸れた涙の代わりに血を流し、声を尽くし、囁く程の声しか紡げなくなってしまう程に。

流した涙は何斗になる?
叫んだ数は幾つになる?

それは蔡エン自身にも解らない。ただ一つ言えるのは…涙も、叫んだ数も、一夜の内に指折り数えられる数など、容易く越えてしまったということ、だけ…。
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