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□司馬家な人々。
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「−最近しばしば思うのだ……老いさらばえ、病に冒されたこの身にも、まだ何ぞ出来ることがあるのか、とな…」
そう傍らの女に話し掛けると、
「何を弱気なことをおっしゃられます…まだまだこれからでございますわ、司馬懿様…」
女は微笑み、そう返して来た。その微笑は、愛でられるべき美しさを備えている。
−この女は良い。
女のこの笑顔を見る度、私はそう思う。
つい最近側室に加えた女だが、見目だけでなく性格も良い。そして何より、私の想いを良く汲み、欲する言葉を吐く。きっとそれは、この女の細やかな気遣いがあってこその賜物なのだろう−どこぞの恐妻にも見習わせたいものだ。煩わしさを感じさせない所も…な。
「司馬懿様…もう寝室へお戻りになられた方が宜しいですわ。幾ら気分が良いとおっしゃられても、このままではまた体調を崩されてしまいます」
心底心配そうに私の顔を覗き込む女。その何と愛らしいことか。
「無用な心配よ…。こうしてお前が側に居るというに、何故病など恐れよう…?」
「まぁ…」
女の頬が、ゆっくりと紅潮して行く。その様はとても初々しく、この女の愛らしさを更に引き立てる。私は思わず笑みを零してしまった。

この可愛らしいまでの初々しさ、あの老いぼれに真似の出来るものではあるまい。寧ろまだ年若かった時でさえ、あの女に可愛らしさを感じた覚えが無いのだから相当だと言えよう。
「…私の死を看取る者は……お前であって欲しいものよ…」
「今何か…おっしゃられましたか、司馬懿様?」
「いや…」
聞こえておらずとも良い。ただ、この時が続きさえすればそれで良いのだ。
だがそんな私の想いは脆くも崩れ去る。
「失礼致します。司馬懿様…奥方様が御見えにございます」
…こんな風にだ。
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