*薄桜鬼*
□真っ直ぐな言葉
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ふと、考えたことには。
年齢の開きというのは、やはり大きい壁だと思う。
私のこれまでの半生を以ってしてでも、一回り近くも違うその人に、少しでも目を向けて欲しい。
それだけだった。
「土方さんが、ですか?」
「うん。今朝方、熱で遂に倒れちゃったよ。働きすぎなんだよ、あの人。」
そう言ってからりと笑う沖田の声は、入ってこなかった。
千鶴の耳には、彼が倒れたという言葉だけが反芻している。
呆然とする彼女は、自身を流し見た彼が非常に愉快そうにしていたことには気づかなかった。
「そうなっちゃうと、大変なのはお役目のことなんだよね。あの人は寝とけば治るけど、仕事はほっといても片付かないんだよね。で、今隊士は大忙しってわけ。」
この人が言うと、信憑性がなさすぎる。
幹部たるこの人が、こんなところで飄々と油を売っていて、果たして大丈夫なのだろうか。
朝から幹部達がやけに忙しく駆け回り、隊士達もその手伝いに奔走している為、結果的に屯所全体がいつもより騒がしいことになっていることは承知していたが、はてこの人は幹部の枠組みの中に入る人ではなかったろうか。
募る疑問も今は忘れて、千鶴はとにかく土方の容体が心配でならなかった。
あの人は無理をする分、滅多に調子を壊さない人だから。
それが倒れたとなると、相当篤いものなのだろう。
「でもほら、土方さんあんなんだから、隊士には懐かれないでしょ? 土方さんに対して畏怖のない幹部はみーんなかり出されちゃって、近藤さんは大忙し。じゃ、看病できるのって、君しかいないんじゃない?」
「……え?」
「何、嫌なの? 困ったなあ。まあ、それならそれでいいんだけど……」
「い、いえっ!! やらせていただきます、土方さんの看病。」
「本当に?」
「はい。洗い物も済みましたし、掃除もあらかた終えましたから。」
「悪いね。ありがとう。」
そう言ってにっこり微笑む沖田に、ふと疑問に思うことがある。
「あの、沖田さんはお見舞いとかしなくて大丈夫なんですか?」
「僕? だって僕の顔を見たりなんかしたら、あの人眉を吊り上げて怒鳴りだすでしょ? “総司、てめぇは何で仕事してねぇんだ!”ってね。」
自分でよくわかっているではないか。
まったく、誰が思うにもその通りである。
が、口には出来ようはずもない。
「僕だって、仕事する時はするんだよ。」
欠伸を一つして、彼は眠たげにひらひらと手を振った。
「巡回に重役の護衛。ああ、忙しいなあ。」
彼は決して、机上での執務はしないらしい。
ひょっとしたら、毎日机に向かっている副長の体調不良は、この人が根源となっているのでは、と思ったのだが。
重ね重ね、口に出来ようはずもない。
「ああ、そうそう。あとこれ、土方さんに渡しておいてもらえる? 昨日の夜、島原で芸者さんに貰ったんだけどね。」
そう言って差し出されたのは、上質な紙に認められた、それ。
「あの、これって…。」
認めたくは、ないのだけれど。
彼はにっこりと笑って頷いた。
「うん。土方さんへの、懸想文だね。」