懸想の三蔵

□リオ様へ/鯉若
1ページ/4ページ






季節の変わり目。

凩が庭先を遊ぶのも、もうじき訪れる。


先日までの猛暑も、今ではすっかり萎縮してしまった。

代わりに、久方ぶりの寒気が奴良組を訪う。


こういった季節の変わり目には、総本家に居候する百余の妖怪達の中で、必ず何人かは体調を崩す者が出る。

しかし今度は、妖怪達ではなかったようである。


「お母さん、大丈夫?」

「ごめんね、リクオ。心配かけて。」


褥に横たわる若菜の額には、薄っすらと汗が浮かんでいる。

心配そうに見つめてくる息子を、若菜は消え入りそうな細い腕で撫でる。


いつもは程よく白くて細い腕が、今日は更に細く見える。


「お母さん、どこか痛いの?」

「うん。ちょっとね。でも大丈夫だから、心配しないでね。」


そう言っていつものように微笑む彼女は、やはり辛そうだった。

リクオが小さな手で必死に母の手を握るのだが、若菜の体調はいっこうに良くならない。


「リクオ様。若菜様もお辛いでしょうから、あちらへ行って遊んで来ましょうね。」


雪女がやんわりと手を差し伸べる。

リクオは何度も若菜を振り返りながらも、母を気遣って雪女に手を引かれて行った。


御局に残されたのは、若菜と毛倡妓の二人だけになる。

リクオが去ってから、気が張っていたのか、若菜の相好は再び苦しそうに歪んだ。


「若菜様、お加減はいかがですか?」

「ありがとう、毛倡妓。少し横になれば、楽になるだろうから。」

「ですが……」


すっかり杞憂になってしまった毛倡妓に、若菜は無理して笑いかける。

毛倡妓が、若菜の痛む腹を何度も擦ってやる。

先程からずっとこうしているのだが、いっこうに良くなる兆しはない。


「やはり、あれ、ですか?」

「……そう、みたいね。」


若菜を苦悶させるその所以は、月のものであった。


若菜の場合、もともと細いということもあり、身体が弱いわけではなかったが、決して丈夫な方ではなかった。

時に、本当にざらだが、ごくごく稀にこうしてとことん寝込まざるを得なくなってしまうことがあるのだ。


まさに今日がそれで、若菜の顔色は血色が悪かった。


「毛倡妓もごめんね。さっきからずっと付きっきりしてもらって。」

「そんなことはいいんですよ。若菜様が回復するまで、私はお傍におりますから。」

「リクオや氷羅ちゃんにまで心配かけちゃったし。本当、ごめんなさいね。寒くはない?」

「私は大丈夫ですよ。ありがとうございます。」

「そう。良かった。」


こんなに困窮した顔をしているのに、この人は皆の心配ばかりするのだ。

そんな人だから、毛倡妓も雪女も、自ずと従うことが出来るのだ。


「鯉伴さん、まだ帰らないのかしらね。」

「そうですね…。もうじき、お帰りになるとは思うのですが。」


今は早朝。

暁には出入りに赴いた鯉伴ら一行の帰りはまだである。


若菜が一番心配する人は、いまだ姿を現さない。


「無事だといいのだけど…。傷なんか作ってないといいな。」

「大丈夫ですよ。総大将は丈夫ですから。」

「そうよね。」


リクオのはしゃぐ声がして、雪女の声がそれに続く。

奴良組の朝は早い。

もうじき、皆床を離れる頃だろう。


若菜は痛みからくる一夜の睡眠不足から、ゆっくりと眠りについていった。







次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ