懸想の三蔵

□橙花様へ寄贈
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老爺は酒に酔い、若衆は囃子の調べを愉しむ。

宴の多き、この屋敷。

今宵は、総勢一万の妖一同の長者達をもてなし、久々の大宴会である。


総大将が、人の娘を迎えられる。

厳粛な灯篭のもと、薄暗い広間では、緊迫の糸など弛みきっている。


時節は巡りて、二代目総大将は、今宵、婚礼の儀を挙行する。

驚いたことに、相手の娘はまだ十八だという。


白無垢に身を包んだ彼女が、仲人に引かれて彼らの前に進み出ると、辺りはざわめいた。

各々に、新しき北の方について感想を述べる。


自身一点に集中する妖怪達の視線に、若菜は知らず知らずに項垂れる。

上座に控えめに腰を下ろすと、傍らで胡坐を掻く鯉伴を、視界の端に見た。


「若菜。」


呼ばれて、そろそろと視線を上げる。

正装に身を包んだ鯉伴は、ふっと微笑んだ。


大丈夫だ。

その目は、優しくそう告げている。


「はい。」


唇の動きだけで肯定すると、彼は満足げに頷いた。


きっと、大丈夫。

どんな困難があろうと、自分は、この屋敷でやっていける。


妖怪の巣穴とも言うべき場所に身を置くことになってでもなお、若菜はそれを望んだ。

鯉伴の傍らにある、ということを。


大きな盃に、並々と祝いの酒が注がれる。

教わったとおり、三々九度の習いに沿って、若菜は苦手な酒気のあるそれを咽喉に流し込んだ。


日本酒ゆえ、やはり濃い。

顔を苦痛に歪めるわけにもいかず、必死に冷静を装った。

最後の一口で、限界だと感じた彼女の小さな手から、大きな彼の手がそれをさっと取り上げた。


「え?」


それから、彼がぐいっと一口で煽ってしまった。

呆然としていた若菜も、やがて嬉しそうに薄らと微笑んだ。


鯉伴が、気遣ってくれたのだ。


この頃になると騒がしくなった周りの音に紛れて、若菜はありがとう、と口にした。








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