懸想の三蔵

□ユメヌシ様へ寄贈
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やんや、やんやと。

今宵の奴良邸はまた一段と騒がしい。


酩酊末期者が多く倒れて、少数の介抱者の手を煩わせる。

素面の者は、酔い潰れた彼らを制御するのに必死である。


配膳を担う下級や小者の妖怪達は、あちこちと走り回って休む暇もない。

各所では眠りに至る者もあった。


こんな宴も、いよいよ佳境を迎えて。

そろそろかと、彼は勢いよく立った。


「おいてめえら!よく聞きな。」


主である総大将が一声上げれば、騒音がぴたりと止んだ。

まるで腕白な青二才のように弾んだ相好で、鯉伴はその場にいる全員を見回す。


「喜べ。若菜が懐妊した。」


わっとその場の皆が立ち上がって沸き上がる。

誰もが次期総大将誕生の事を吉報に聞き、歓喜を露呈する。

普段は短気で喧嘩早い強面の連中だが、この時ばかりは破顔して次々に二代目に祝辞を述べる。


その様は結納の三々九度の際を思い出させる。

厳粛な筈のその儀だが、奴良組の場合そんな常識は通用しない。

本来ならば儀式の間だけは訥々と進めるのが然りだが、奴良組の結納の儀は終始喧しい。

人相の悪い連中がそう振舞う中での婚儀は若菜が嫌がるだろうと、鯉伴はひやひやしたものだ。


堪え切れずに叱咤しようと上座から声を張ろうとすると、若菜がそれを止めたのを、今でも覚えている。

みんな楽しそうだからいいじゃない、と彼女は言って、自身も愉快気に微笑んでいた。

大した女だと、つくづく感心したものだ。


現状は、まさにその状態で。

傍らに座る若菜も、照れと嬉を交々に、周りからの祝辞に礼を言っていた。


「まったく。時期は尚早を避けよと言うたのを忘れたか。」


ふう、と息をついて、その人は食膳から福神漬けをひょいと摘む。

それを何枚も一気に頬張り、ぼりぼりと口を動かして呑気に食事なぞしている。

この歓喜の中でそんな呑気な態度を取れるのは、恐らくこの人を置いて他にはおるまい。


むっと顔をしかめてじとりと父を見下ろす鯉伴に、周囲はひやりとする。

だが当のご隠居は、今度は吸い物をずぞぞぞぞーと喉に通している。


「若菜さんはまだ十七じゃて。おまえもそろそろ齢四百。年を自重しろ、年を。」

「あんたにだけは言われたくなくなかったんだがな。」

「馬鹿が。時期を考えろと言っとるんじゃい。そう若作りして盛るな。」

「お袋も十七で俺を産んだぞ。」


あんたも充分手を出すのが早いぜ、と言う前に。

吸い物を飲み干された茶碗で、顔を思い切り叩かれた。


「……っ!!!」


悲鳴が上がりかけるのを、幼妻のいる手前、何とか堪える。

煩悶する鯉伴を、ぬらりひょんは鼻で笑った。


「わ、若菜様?御子は、童男ですか?それとも、女童?」


総大将同士の喧嘩の予兆を察知した雪女が、きょとんと二人のやりとりを見守っていた彼女へ声を掛ける。


はて。確かに。

男ならば三代目となるが、女ならば奴良組の姫御前となる。

妖怪達の気になるところである。


若菜はぱっと笑って、嬉しそうに首を傾げながら腹の子を愛でる。


「まだわからないの。私は、どっちでも嬉しいな。」

「そうですか。もし女の子なら、若菜様に似てさぞお可愛い姫様になられるでしょうね。」


雪女が言うと、若菜は照れくさそうに礼を言った。






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