懸想の三蔵
□りん様へ寄贈
1ページ/4ページ
緩やかに、ほのかに温かな陽気。
穏やかに時は過ぎにて、夕去りぬ。
朱色に染まった地平線の彼方を、山々の連なりの先に見ていると、遠くから囀りが聞こえてきた。
鳥達が、夕陽を背に空を渡っているのだ。
忙しく移り変わる情景を飽くなく眺めて、暫しの時が過ぎる。
「あら?」
ふと、縫物をする手を止めて、若菜は顔を上げてきょろきょろと辺りを見回す。
何、というわけでもないのだが。
ほんの一瞬、違和感のような複雑なものを感じた気がしたので。
正座を解き、痺れに慣れた足で立ち上がり、沓脱石にそっと足をつけ、草履を引っ掛けた。
ふと、近くの蔵に目を留める。
何気なく、そっとその戸を開けてみる。
ここを開けるのは、もしかすると初めてかもしれない。
この屋敷に、蔵や納戸などは幾らでも存在するから。
「誰かいるの?」
恐る恐る首を突っ込んで、何者もおらぬを確認すると、ゆっくりと足を踏み入れた。
「え?」
リン、と。
森の奥に木霊するような、やけに響く鈴の音が聞こえた。
その音は、やけに優しくて。
不思議と、怖いとは思えなかった。
むしろ、何かが自分を呼んでいるとさえ悟った。
黄昏が、遂には暮れぬ。
次いで、若菜の姿が、屋敷から唐突に消えた。