懸想の三蔵

□りん様へ寄贈
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緩やかに、ほのかに温かな陽気。

穏やかに時は過ぎにて、夕去りぬ。


朱色に染まった地平線の彼方を、山々の連なりの先に見ていると、遠くから囀りが聞こえてきた。

鳥達が、夕陽を背に空を渡っているのだ。


忙しく移り変わる情景を飽くなく眺めて、暫しの時が過ぎる。


「あら?」


ふと、縫物をする手を止めて、若菜は顔を上げてきょろきょろと辺りを見回す。

何、というわけでもないのだが。

ほんの一瞬、違和感のような複雑なものを感じた気がしたので。


正座を解き、痺れに慣れた足で立ち上がり、沓脱石にそっと足をつけ、草履を引っ掛けた。

ふと、近くの蔵に目を留める。


何気なく、そっとその戸を開けてみる。

ここを開けるのは、もしかすると初めてかもしれない。

この屋敷に、蔵や納戸などは幾らでも存在するから。


「誰かいるの?」


恐る恐る首を突っ込んで、何者もおらぬを確認すると、ゆっくりと足を踏み入れた。


「え?」


リン、と。


森の奥に木霊するような、やけに響く鈴の音が聞こえた。

その音は、やけに優しくて。


不思議と、怖いとは思えなかった。

むしろ、何かが自分を呼んでいるとさえ悟った。






黄昏が、遂には暮れぬ。

次いで、若菜の姿が、屋敷から唐突に消えた。






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