懸想の三蔵
□ちなつ様へ寄贈
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奴良家の夜陰に、喧騒が混じるのは多々あること。
その内、夜討ちに遭うのも決して少ないことではない。
火矢を放たれ、屋敷中が混乱と怒声に包まれる。
今宵は、出入りだ。
総大将や手勢は、多くが出払っている。
先代が声高に采配を執り、大幹部を中心に妖達が連中を返り討ちにする。
外の方は、ざっと見た限り足りるようだ。
毛倡妓はいちはやく、主の眠るその曹司へと急いだ。
「――若菜様!!!」
「毛倡妓…」
褥で夜具に包まり、一人で小さくなっていた若菜を見て、毛倡妓はほっと胸を撫で下ろす。
だがすぐに気を引き締め直して、彼女に駆け寄る。
「大事はありませんか?」
「うん…。大丈夫。ありがとう。」
「いいえ。ご無事なら、何よりです。」
毛倡妓は打掛で若菜の背を包み、守るようにして立ち上がらせる。
「さあ。ここは危険です。じきに何者かに襲撃されるかもしれませんし、流れ矢にあたる危険もあります。勝手口から避難しましょう。」
「うん。」
若菜は素直に頷いて、毛倡妓に従う。
急ぎ足に、入念に、曹司を出て。
毛倡妓の足が、ふと止まった。
振り返った彼女の視線の片隅に、鏑矢の矢尻が光ったのを認めて、毛倡妓は素早く動いた。
「若菜様!」
「毛倡妓?」
蒼顔にして苦痛に歪める彼女に、若菜は急に不安な表情を浮かべる。
大丈夫です、と薄らと微笑んで言うのだけど、どうにも声が出づらい。
遠くから、先代総大将の怒声が近づいて来て、襖を蹴り破って来る。
嗚呼、これで若菜様は無事だ。
安堵したとともに力が抜けて、毛倡妓はふっと崩れ落ちた。