懸想の三蔵
□もろともに面影負ひしは
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柔和な日差しが、外から降り注ぐ。
それを受けて、たどたどしい父の腕に抱かれたやや子は、猫のように目を細めた。
すやすやと軽い寝息を律動的に刻んで、その子はいっこうに起きようとしない。
その和やかな様子に、皆の口許が綻んだ。
「リクオ。」
慣れない様子で我が身を揺すってくれている父の傍らから、母の優しい声を聞く。
するとその子は、眠ったまま楽しそうに口元を動かした。
「おい、馬鹿。そんな持ち方したら、リクオが落ちちまうだろうが。」
小柄な祖父の牽制を聞き、父親である男は思い切り顔をしかめて嫌悪感を露呈した。
「いちいち煩いんだよ。リクオが起きちまったらどうする。」
「その前におまえが振り落としそうで見てられんから言っとるんじゃい。」
「あんただって、ろくな抱え方してなかっただろうが。」
「おまえは頑丈だったからいいんじゃい。担いでも泣きやまんかったおまえが悪い。」
「たわけ。餓鬼相手に何屁理屈吐いてたんだよ、あんたは。」
「餓鬼は餓鬼でも、おまえなんぞぞんざいで充分じゃったわい。」
「そんなこと言って、結局お袋に叩かれるのはあんただったじゃねぇか。」
「……おい。何でそんなことだけ覚えとるんじゃ。」
静かに喧嘩の予兆ともいえる口論を始めた二人に、若菜は呆れる。
まったく、赤子の前で罵詈雑言を吐くのはやめて欲しい。
そういう家柄ではあるが、至極失礼も承知で言えば、生まれて早々に父親のような物言いをされては、若菜にとって衝撃的だ。
せっかく身体を痛めて産んだ子なのだ。
きちんとした育て方をして、正しい人柄を得て欲しい。
それには、この人達の人相はあまりに過激すぎる。
「鯉伴さん。お義父さん。」
こほん、と若菜が咳払いして二人に視線を送ると、彼らはもう何も言わなくなった。
それに満足して、若菜はにこりと微笑んで頷いた。