懸想の三蔵

□杞憂の和ぐは
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「――何としてでも、捜し出せ。」

「さもなくば、我らの首が飛ぶ。」


誰がそんなことを言ったのか、牛鬼には到底戯言には聞こえなかった。

むしろ、相手があの人なれば現実味があり過ぎて恐ろしい。


固唾を呑むのは、天下の奴良組幹部会。

事の起こりは、先刻知れた。

奴良組二代目総大将が北の方、失踪す。

気が付いたのは、明朝で出入り戻りの雪女と毛倡妓。

まだ起床前の牛鬼のもとへ駆けて来て、叩き起こされ泣き付かれた時は、その寒さにぞっとすらしたものだ。

彼女の母もそうだったが、気性が荒れると雪を荒らすのが雪女の然り。

仕方のないことなのだが、どうにも寒くて敵わないものだ。

鬱々と起き上がってよく考えてみれば、確かに大事も大事。

眠気など醒めて兎にも角にも、曹司を訪ねた。

主人の曹司を勝手に探るのは物騒で失礼に当たるとは思ったが、事が事なので仕方がない。

幸いにも、総大将はまだ帰っていないようだった。

出入りの後始末に終われ、少数の妖だけを残し、他を帰したらしい。

それは、おおいに幸いした。

少し探してみれば、器用に畳まれた布団の上にこじんまりと、粗いほんの覚書き程度の懐紙が置かれていた。

それには、小さく流れ踊る一文が。


“少し出て来ます。すぐ帰りますから、捜さないでくださいね。”


どうやら、若菜の字に間違いはなさそうだ。

だが、捜すなというのは無理だ。

随身をつけずに出回るのは、危険すぎる。

奴良組にとって、彼女は総大将の北の方、幼い童男は紛れもない若頭なのだから。

いつ誰に狙われているのか知れぬ。

一刻、否一秒でも早くに見つけ出さねば。

それも、総大将が帰らぬうちに。


そういうわけで、幹部会や鴉達を早くから総出にしているのだが。


「若菜様ぁー!!」

「どちらへ行かれたんですかっ!!」


おいおいと泣き合う女二人をちらと見て、仁王立ちした牛鬼は嘆息をついた。

まったく。今度の奥方は、探索心が強くていけない。

少しは、仁侠の理というものを解してはくれぬものか。

唸りたいとすら思う牛鬼は、力なく項垂れてまた溜息を一つついた。







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