懸想の三蔵
□奴良夫婦の一日
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かつて妖達は、これほどまでに緩みきった頭領の姿を見たことがあったろうか。
江戸の頃より仕えている首無は、そう思わざるを得なかった。
まずは朝。
「あの〜、鯉伴さん?」
「うん?」
「そんなことしてたら洗濯物が干せないわ」
洗った布類を手にして困った顔の若菜。
その原因は素知らぬ顔。
旦那の鯉伴が背中から覆い被さって、もう四半時は経つ。
いい加減に干さないと、皺ができてしまうのに。
「鯉伴さ〜ん…」
「洗濯なんざ、青田坊にでもやらせておけばいいだろう」
「そんなことしたら破けちゃうわ」
がっしりと抱き締められていては、腕を上げることも屈むこともままならない。
だからと言って強く出れないのは、惚れた弱みなのか。
結局、この日も妖怪たちに頼むしかない若菜なのだった。
次に昼。
大きな食卓を大勢の妖怪で囲むから、昼餉はいつも賑やかだ。
若菜は隣で飯をかきこむ夫を見て、くすりと笑った。
「鯉伴さんったら、ご飯粒がついてるわよ。子供みたい」
ティッシュを差し出すと、鯉伴は顔をずいっと近付けた。
「とってくれ」
「はいはい」
鯉伴は目を瞑り、若菜はその口元を優しく拭う。
彼には部下たちに見せつけると言う意図があるのだが、その妻はいたって平然…と言うより天然で。
妖怪たちは揃って目を背けていた。