懸想の三蔵

□三代に継ぐ
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―――が。








「鯉伴さん、いる?」


ひょこり、と襖の隙間から顔を出したのは、今ここに来てはならぬと踏んだばかりの義娘で。

その腕には、今はすやすやと眠るやや孫の姿が。

ぬらりひょんは思い切り眉間に皴を寄せて、思わず腰を浮かせた。


「若菜さん。ど、どうしたんじゃ。」

「あら、お義父さん。こんばんは。」


律儀に会釈されて、彼もおずおずと返す。

すると、彼の近くに座っていたその人は、さっと立ち上がって若菜のもとへと歩を進めた。


「鯉伴さん。ここにいたんですね。」


若菜が破顔する。

ほんのりと酒気漂う鯉伴は、口を開かぬまま若菜の肩に額を乗せた。

然るべく驚いた彼女が、慌てて鯉伴の肩口を揺する。


「若菜ー。」

「り、鯉伴さん?酔っちゃったんですか。」

「そんなんじゃねー、よ。」


とは言えど、明らかに嘘だ。

声が上擦っていて、抑揚がほとんどない。

これは完全に酔ったな。


腕の子をあやしながら動揺する若菜に、鯉伴は今度は寄りかかって。

きっとそれを支えきれない若菜から。

さっと動いたぬらりひょんが、己が息子をべりっと剥がして放った。

その際、ごちっと畳で頭を打った様子で、軽く唸る声がする。

これで少しは目が覚めたようで、鯉伴はがばっと起き上がって父へと向き直った。


「おい親父。何しやがんだ!」

「それはお前じゃ馬鹿息子が。自分の加減も気にせずに呑むからそんな無様な醜態を晒すんじゃ。」

「ほう。何だって?」

「何じゃい。やんのかい。」


殺気がして、周囲の聡い者ならばはっとそれに気がつく。

二人が互いに対峙し、身構えると。

そろりそろりと、広間から離れようと忍び足で進む者どもが数人。

何をきっかけにしたかは知らないが、やれゆかんと、二人が同時に勇んで抜刀する。

そして、刀身が触れ合う、刹那の寸前。







ほぎゃあほぎゃあほぎゃああほぎゃあ...








リクオのけたたましく泣く声がして、二人の動作がぴたりと止まった。

すれ違おうとしていた刀身は、寸でのところで止まっている。

彼らの視線は、いまだ泣き続ける、若菜の腕のやや子に向けられている。


「何じゃい、リクオ。どうかしたのか。」


一時休戦し、先にぬらりひょんが納刀し、リクオの顔を覗き込みに行く。

それに続いた鯉伴も、納刀してリクオの顔を見下ろした。


「何で泣いてんだ?」

「きっと、お二人の喧嘩が怖かったんですよ。この子、敏感な子だから。」


ね、と若菜が問いかけると、リクオはいまだぐずりながらも、声を上げるのを止めた。

ちら、と二人は視線を交わす。

そして、同時に逸らした。


「すまなかったのう、リクオ。」


祖父が頬に指先で触れて、リクオはくすぐったそうにした。

それに、憮然とした様子の鯉伴は、柳眉を寄せてその顔を見入って見下ろした。

とはいえ、彼には赤子に何を言えばよいのか、まだよくわからない。

リクオが生まれてから半年が経つが、長子の子育てに鯉伴が慣れる様子はまだない。


「リクオ。お父様とお祖父様だよ。」


ぽんと背中を叩いて若菜が言って聞かせると。

少しだけ目を開いて、眩しそうに二人の顔を見上げた。

そして、父によく似た相貌で、母によく似た弾けた笑い顔を見せた。


祖父を見てきょとんと目を丸くして、あう、と嬉しそうに手を伸ばし。

父の髪を、一生懸命に引っ張っては、きゃっきゃと笑っている。


「リクオ?」


おずおずと鯉伴が呼ぶと、また弾けた返答が返ってきた。

若菜が、くすりと笑う。


「この子ったら、鯉伴さんがいなくなった途端にぐずりだして。いくらあやしても、夜泣きは悪化するばかりで。
きっと、鯉伴さんに遊んで欲しいんですよ。」

「俺と、か?」

「ええ。」


ぽかん、と鯉伴は口を開いて。

そして、酒気も吹っ飛び、元気を取り戻したらしく、若菜の腕から我が子をひょいと取って、高々と抱き上げる。


「よっしゃ。散歩にでも行くかい。」


あう、と理解しているのか、嬉しげな返事をくれた。


「そうかい、そうかい。――若菜、行くぜ。」

「はい。」


呆れたような口ぶりこそすれ、若菜は破顔して、義父に一礼して夫の後へと続いた。

ぱたん、と襖が閉ざされて、残されたぬらりひょんは、途端に胸に生じるものを感じ、目を細めた。

かつてはこの腕にあり、小さかった我が子も、今ではもう立派なまでに成長して。

その面影を、過去の自らと重ねてほくそえんだのだった。
























「ん?牛鬼じゃねぇか。」

「あら。本当ですね。」


渡廊で、見知れた妖怪の背中を見つけて、鯉伴はそれを呼び止める。


「おい、牛鬼!」

「ああ。総大将。宴はもうよろしいので――…、」


振り返った彼の動きが、ぴたりと一時停止する。


「ん?」

「そ、総大将…」

「何だ。」


いかん。

こんなことを、前にもどこかの誰かがしていた気がする。

つくづく、父親によく似た総大将である。



「赤子を担いではなりませぬ――!!!」





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最後のシーンは、12巻の巻末漫画参照。
とりあえず、入れてみたかったのです、この台詞。
はてはて。ようやくできましたが、やはりうまく書けない...orz
リクエストは家族とのことでしたが、これは最早鯉若要素の方が少ないですね。
お気に召されないものであれば、まこと申し訳ないです。
ともあれ、橘さくら様。何卒受け取ってくだされば幸いに御座います!
ではでは☆


真咲 拝

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