懸想の三蔵

□独占欲に駆らる
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「鯉伴様、」


従者たる女二人にずいっと迫られて、奴良組二代目総大将たるその人は思わず後退った。


「な、何だいきなり。」

「何だじゃ御座いません!!」


ぴしゃりと言い放った毛倡妓は、更に一歩進み出て鯉伴に迫る。

鯉伴もつられて一歩退る。


「何なんですかそれは!」

「あ?」


雪女にびしっと指されたものに視線を滑らせ、鯉伴は柳眉を寄せた。


「……煙管?」

「わかってるじゃないですか。」

「これの何がいけねぇってんだい。」


彼が肩を竦めたところで、


「お黙りなさい!!」


両人に地団駄を踏まれた上に、激しく叱責された。


「あれほど身重であられる若菜様をお労り下さいませと再三再四申し上げましたのに……っ!」

「だから、若菜には部屋で大人しくするよう言ってるだろう?」

「煙管など吸われて、煙がお腹の若様に障られたらどうなさるおつもりですか!!」

「いや、だからわざわざ蔵にまで足を運んで、」

「空気はありとあらゆる場所に流れるということを、貴方は御存知ないんですか!?」

「………」


この世に性を受けて、早四百年。

鯉伴をこうも叱咤した者は、かつて両親を除いては他になかった。


「聞いてるんですか、鯉伴様!!」

「……わかった、わかった。」


まったく、女とは怖いもんだ。

大和の撫子達は何処へやら。

特にこの二人には品性もなければ、気品もない。

少しはの若菜の自重を見習って欲しいものだ。


鯉伴はやれやれと息をつきつつも、二人の言葉に内心頷いて煙管を置いた。

それでようやく、牙を剥いていた彼女たちは鎮まってくれた。


「ところで、若菜はどうした。」

「ああ、若菜様なら、町へ下りられました。」

「は?」


あまりにさらりと言われて、鯉伴は即応した。


「ですから、町に出ておられます。」

「おい、そんなこと知らねぇぞ。」


鯉伴の声音から焦燥の色が窺える。

いったい誰が身重の彼女を勝手に町に出すなど許したのか。



「ああ、そういえばそうでしたね。ご報告が遅れて申し訳ありません。」

「ですが鯉伴様は知らずとも、先代様がお許しになられましたので。」

「でも、ご心配には及びません。黒田坊をつかせましたので。」


だったらなお危ういではないか。

あの男は奴良組一の尻軽だ。

奴と二人になぞなってみろ。安心しきっている若菜は、何をされてもおかしくない。

まずい。若菜が危うい。


「申し訳ございません、二代目。」


先ほどまでの勢いはどこへやら。

眉をハの字にして主に謝罪する二人を、鯉伴の視界はとらえていなかった。

耳の奥でどこぞの誰かの憎らしく嘲る高笑いが反芻するのは、果たして幻聴だろうか。


――あの狸爺。隠居しても大人しくできねぇのか。


文句ばかり言っても、仕方がない。

今はあの男のことなぞ、後回しだ。


「鯉伴様?どちらへ行かれるのですか。」

「若菜を迎えに行く。随身はいらねぇ。」


背を翻し、大股に歩き出す鯉伴。

苛立ちと焦燥、そして怒気。

畏れを満々と放つその背を、二人はおろおろと見送るしかできなかった。









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