懸想の三蔵

□守る笑顔
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「――…なるほど。で、総大将。どうなさるおつもりですか。」


何だかんだ言っても、すべての決定権はこの奴良鯉伴その人にある。

若菜がいくら抗議しても、絶対的指示を下せるのは、この人である。


鯉伴は肩を落とすと、面倒臭そうに首を回した。



「俺は、曲げるつもりないぞ。」

「鯉伴さん!」

「若菜。そろそろ聞き分けな。妖怪任侠のこの世界じゃ、時に非情も必要となる。」


そういう世界なのだ。

純粋無垢で清廉な若菜にしてみればわからない世界だろうが。



「だったら、もういいです。」

「おっ、聞き分けて…」

「だから、私が出て行きます!!!」




「「………え。」」




きっと凄みを利かせた目で睨み上げられて。

それで、極め付けに今の台詞。

ひやり、と二人の頬に冷えた汗が伝った。

この皐月も半ばのこの時期に。

だってこの娘は、意外と芯が強くて。

やると言ったら、やる女なのだ。若菜とは。




「しばらく実家に帰らせていただきます。
この子のことが落ち着くまで、私が一人で育てます。
本家にも鯉伴さんにも、首無さんにもご迷惑かけませんので。」


ちょっと待て。冗談じゃない。

何故、自分まで嫌悪の対象となっているのだ。

つくづく、首無は自分を不幸に思った。



「あ、おい若菜…。」

「止めないで下さい。気に食わないなら、離縁なり何なりすればいいじゃないですか!
それじゃあ、さようなら。」


淡々と言い捨て、さっさと走り出す若菜を、止める気力は二人に残されていなくて。

ただ、遠ざかる彼女の背中を呆然と見つめるだけだった。





























ちら、と首無が傍らの鯉伴を見やると。

ぽかん、と口は開いたままで。

それこそ、魂の抜けた抜殻のようになっていた。

正直、総大将たる者の畏怖がどこぞへ旅立ってしまっていた。



「……総大将。どうしますか、追いかけたほうが。」


鯉伴は頭を抱えて、重々しく息をついた。


「……今行ってもどうせあいつを怒らせるだけだ。」

「ですが、今のうちはよいとして、宵の刻がくれば。」


人間でも、彼女はれっきとした奴良組総大将の正妻だ。

人であるがゆえ、邪な妖にとっては狙いやすいだろう。

鯉伴は一つ頷いた。


「仕方ないねぇ。後から、行って様子見てくるさ。」

「総大将自らがですか?」

「ああ。離縁だと何だの言われりゃ、さすがの俺も傷つくさ。」


それはそうだろう。

溺愛する寵妻から、さようならとまで言われたのだ。

この男が、落ち込まないはずがない。


「昼のうちは好きにさせてやれ。一人にして頭を冷やさせれば、気が変わるかもしれん。」

「御意。」



さがる首無を見送って、鯉伴は目を伏せた。

堪らなく愛しいのだ、彼女が。

ゆえに、杞憂なまでに過保護になるし、独占もする。

配下の者でさえ、小妖怪と首無以外の男が、できるだけ近づけないように手を焼いている。

それは、不器用ではあるが、鯉伴の確かな愛で方なのだ。

別に、それを彼女にわかって欲しいとは願っていない。

ただ、離れて欲しくないのだ。

ただ、笑っていて欲しい。

それだけなのに、いつも失敗する。

理由はどうあれ、怒らせたくない。

若菜の笑顔を消したくない。

だから、喧嘩の後は、いつも不安になる。



若菜が、自分の前から消えてしまわないだろうか。

若菜が、自分に愛想をつかして嫌ってしまわないだろうか。



そう思っているのに、一度喧嘩になると歯止めが利かない。

そういう職柄だから、仕方ないかもしれないけれど。



――どうすれば、おまえは俺に一途になる。


どうすれば、彼女を独占できよう。

若菜の心を離さないでいられるものか。

それは、彼女しか知らない。










「なあ、若菜。」




答えてくれ。




















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