懸想の三蔵
□守る笑顔
1ページ/4ページ
「いい加減にしてくださいっ!!!」
「いい加減にはどっちだ、若菜!
今日ばっかりは譲らないからな。」
「許してもらえなくても結構です!
でも、この子を巻きこむのはよしてください!」
「だから、もしこれが厄介なもんだったらどうすんだよって聞いてんだ!!!」
「こんな無垢な子にそんな邪推を考えるなんて、鯉伴さん器が小さいですよ!」
何だ。また彼らか。
折角、久々に暇ができたので、庭でゆっくりと過ごそうとしたのに。
はぁ、と首無は盛大な溜息をつき、主のもとへとのろのろと足を進めた。
まったく、昼間っからこんな大声で。
しばらく止んだと思ったが、彼らの喧嘩はやはり三月とあけずに再戦した。
あの魍魎の主に、ああも対抗できる者を、首無は若菜以外に知らない。
ゆえに彼女を怒らせると、もう手のつけようがない。
鯉伴も鯉伴で、いつもはぶすくれてはいるものの、そこは年の功というものか、自分がちょっとだけ大人になって寡黙を貫いているのだが。
今日は珍しく、自分も声を荒げている。
これはこれは。
彼女がこの一家に嫁いで来て、もう二年が経つ。
先年に産まれた二人の子も、あれからずいぶんと大きくなった。
が、一方の彼らは一切成長しておらぬようで。
「よく言うじゃねぇか。その器の小さい男に惚れたのは、いったいどこの誰だか。」
鯉伴は鼻で笑って、高慢に言い放つ。
すると若菜が真っ赤になったのは、もはや然りである。
――何やってんだ、あの御二人は。
遠目に彼らの口論を聞きつつ、呆れてまた深い嘆息がもれた。
若菜も天然なのが天性とはいえ、もう少し大人になるべきだ。
鯉伴も鯉伴だ。
何で喧嘩の最中に口説いてるんだ、あの人は。
「とっ、とにかく、この子は離しませんからね!」
がばっと若菜は腕の中のものを庇った。
首無は首だけを少し進ませ、彼女の腕の中のものをのぞいた。
――赤子、か?
しかも、二人。
片方は、恐らくリクオだろう。
この口論の火中に、ふてぶてしくもすやすやと眠っているのがわかる。
ぐずる声も聞こえない。もう慣れたのだろう。
失礼だが、二人の間の子とは思えぬ、賢い子だ。
だがもう片方を、首無は知らない。
だが、一つだけ、わかることがある。
それは――。
「若菜。こればかりは聞き分けろ。
そいつからは、妖気がする。」
そう。確かに赤子からは、人ではない気が感じられる。
首無にはわかる。妖には、殺気という天性のものがある。
それは、赤子とて同じこと。
それを妖気というのか、殺気というのか。
人にとって禍々しいもの、というのか。
とにかくそういったものが、あれからは受け取れた。
だが、正義感の強い若菜は譲らない。
「駄目。絶対、渡さない。」
「聞き分けろ。妖怪だぞ。」
「妖怪でも人間でも、こんな小さな赤ちゃんを捨てるだなんて!」
駄目だ。きりがなさそうだ。
終わる気配がない。
仕方ない。ここは出てゆくか。
「二代目、若菜様。」
険しい顔をした二人が、いっせいにこちらを向いた。
おお、怖い怖い。
「どうされたんですか?」
「おい聞いてくれ、首無。」
「聞いてください、首無さん。」
言った合間はまったく同じ、しかも内容まで同じで。
二人とも顔を合わせるが、すぐに不機嫌になって互いに顔を背いてしまう。
首無は本日三回目の深い溜息をついた。
「で? 何があったんです。」
要するに、こうだ。
買出し帰りの若菜は、人気の少ないこの屋敷への道中、赤子の泣く声を聞いたそうだ。
彼女の持ち前の慈愛は、それを放っておけず、拾って帰って来た。
そこまではいいのだが、言うように、赤子は間違いなく人ではない。
かといってどんな妖であるのかも、果たして別の類の異形であるのかもわからない。
だから、触らぬ神に、祟りなし。
拾ったところにまた捨てておけ、と鯉伴が言ったのだそうだ。
確かに無情な気もするが、人ではないのだから、そう簡単に危険にも遭うまい。
だがそういったことに無知な若菜が、それに賛同しない。
まあ、当然だろう。
だが、鯉伴が彼女の言い分を黙認してしまえば、彼女は間違いなくこの赤子に付きっ切りになるだろう。
そうすると、いつこの赤子を根源に面倒なことが起こりかねない。
平たく言えば、若菜に危険が及びかけない。
鯉伴は、それを一番心配しているのだ。
どうやらこの様子では、二人の言い分が一致することは、なさそうだ。
*