懸想の三蔵

□挿絵ミマス様(合作)
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おかしい。
絶対に、おかしい。


さっきから、この風景を何度見たことか。
東京の郊外にある祖父母の家を訪ねて、散歩していたのだが。


完全に、迷った。
気づけば、山道の側に延々と塀が並び、すぐ隣には林が奥深く繁っている。


区内からはじまり色んな場所を見て回ったのだが。
どこをどう間違えたのか、自分でも驚くくらいだ。


「うーん。どうしましょう。」


辺りはすっかり暗くなってしまっている。
街灯だけが、唯一の頼り。


「え?」


ふと、足元が何かに躓く。
そして、べちっとこけた。
何もない場所なのに。


「痛い…。」


膝小僧がじわりと痛む。
見れば、擦りむいて血が滲んでいた。

余計に、悲しさが増した。
とうとう困り果てて、悄然と辺りを見渡す。

だが、やはりそこには誰もいない。
寂しさのあまり、俯いてしまう。


「嬢ちゃん。どうかしたのかい。」


見れば、すぐ目の前にその人はいた。
季節外れの着流しに、漆黒に流るるぬばたまの長髪は、見たことがないくらい綺麗だった。


「お兄さん、誰?」


首を傾げて尋ねれば、その人はふっと笑った。


「通りすがりの者だ。迷ったのかい?」

「……うん。」

「そうかい。乗りな。」


そう言って、その人は屈んで背中を向ける。
必然的に、その背に縋って負われる。
すると、背中越しに人の温もりを感じた。

ようやく帰る兆しが見つかって、彼女は微笑んだ。


「お兄さん、すごく優しいのね。」

「優しい?」

「うん!」


肩越しに振り返ると、あまりに満面の笑みを見せてくれるものだから。
今生においてそうそう言われたことのない言葉に、思わず苦笑した。





百鬼の主が、あろうことか人の娘を助けて。
なおかつ、優しいとまで讃えられ。
畏怖の欠片もあったものではない。

けれど、不思議と悪い気はしなかった。



































そんな夢から覚めて、若菜はゆっくりと瞼を持ち上げた。


「おう。起きたのかい。」

「鯉伴さん。」


どうやら、いつの間にか膝の上で寝かされていたらしい。
若菜は、煙管をふかすその夫の顔をまじまじと見て、やがて一つ頷いた。


「やっぱり。」

「ん? 何だい。」

「ううん。何でもないの。……ただ、ちょっと。」

「言いかけたんなら言いな。」


焦らすように言われるけれど。
くすりと笑って、若菜は舌を出した。


「内緒。」

































((初恋の、綺麗なあの人の話。))






挿絵提供:ミマス様
文:真咲



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