長編
□第五夜
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そこは、黄泉平坂。
現世と常世を繋ぐ、時空から隔離された異界。
時にそこは、人目を憚りし隠形達の巣窟と化す。
「――我が妹子は、何処かえ?」
ごくり、と数人が固唾を呑んだのがわかった。
「奴良組は、まだ大きゅう御座いました。……もうしばらく、お待ち願いたく。」
「姫は、ここにおらぬと?」
すうっと漂った冷気に物怖じすることなく、狩衣を纏った青年は是と答えた。
刹那、風刃が空を裂いた。
非力な者は、為す術なく餌食となり、盛大に倒れて動かなくなった。
だが、生き残った誰も、それらの者に一瞥もくれようとはしなかった。
無力は自身の責。
同志とはいえ、それは飽くまでも利害を共有せんがため行動を共にするだけ。
斃れれば、惜しむ必要はない。
所詮、その程度だったということだ。
不完全な依代に宿った市女狐の荒魂は、荒い息にのせて不快感を露呈した。
しばし寡黙を守った一同は、その視線を一人のもとへ向ける。
叩頭礼を解き玉座の前に立ち上がった女を、馬腹は何の感慨もなく見上げる。
「急いてはなりません。確実の為に時間を惜しむのは当然のこと。」
「痴れたことを…!!」
「器は、必ずや手に入れましょう。御狐様は、それまでその御力を抑えておかねばなりません。おわかり願いたい。」
「……必ず、必ず得ると申したか。」
「はい。我らがこの身に代えてでも必ずや、その呪怨、晴らす時節を招きましょうぞ。」
「……そうか。」
ようやく大人しくなった市女狐は、玉座に再びどかりと腰を下ろした。
そして、ふとした疑問を思った。
「馬腹よ。」
「はっ。」
「お前たちは何故、妾の封印を解いた?」
妾は、主らのことなぞ知らなんだ。
馬腹は顔を上げて、珍しく薄い笑みを浮かべた。
「貴方様の御力に惹かれたから、ですよ。」
抑揚のない声音が、夜陰を静かに冷やした。