長編

□第三夜
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奴良組総本家では、その宵のうちに、臨時集会が催された。

家内では、あたふたと働き回る本家の妖怪達や、各傘下組織の代表達が、こぞって顔を揃えた。


「総大将、どうされました。」

「首無か。……荒れている、と思ってな。」

「は?」

「妖の世が、荒れてやがる。」


そう言って、彼はいつになく据えた眼差しで、庭先の池をねめつけていた。

火急に組全体を叩いて呼び出した挙句、この男は今、池なぞを眺めている。

今夜集った誰もが、怪訝に思っているだろうが、何も今日でなくともよかったのではなかろうか。

いくら夜を縄張りとする妖とて、昼にまったく行動しないというわけでもなく。

ゆえに常なれば、集会なぞは昼間のうちにするもの。

それを、何故そうも急ぐ必要がある。

確かに、西国は揺れている。

だが、連中は勢いはあれど、この奴良組に並ぶほどの百鬼の数を持ち合わせていない。

明日に収集をかければ、ほぼ全員集まった筈。

あまりに急な報せゆえ、今宵に間に合っていない者も少なくないのである。

それほどに大事な沙汰なれば、尚更明日に回せばよかろうものを。

名高い妖である首無でさえも、目の前にいる、この百鬼の主たる男が、今何を考えているのか、皆目検討もつかなかった。


「首無。」

「はい。」

「今宵は、月がないな。」

「はい?」


そう言われてみれば。

確かに、言われるまで気がつかなかったが。

今宵は月明かりがない。

月明かりは、人にとっての太陽のようなもの。

いわば、妖にとって、大気の根源。

だが、それがないからといって気に留めるようなことでもない。


「昔から、そうなんだ。胸騒ぎがして、月がなかったら。
そいつぁ、何かの予兆なんだ。」

「はぁ。」

「こういう日に限って、傘下の者が謀叛ひき起こしたり、誰かが死んだり。
お袋が死んだのも、こういう日でな。その日以来、今日みたいな日にゃ何かが起きんだ。」

「それで、皆を集めたんですか。」

「まあ、どうせ話はつけとかなきゃならなかったんだ。
近々、西国連中はこの奴良組に目をつけてくる筈だ。
百鬼を集う者が、百鬼を束ねる俺達を襲わない筈がねぇ。」


それは、確かである。

いくら杞憂な予感にすぎぬとはいえど、彼らはいつどう動いてもおかしくはない。

結局は、鯉伴の判断は理に適っているのである。


「まったく新興の連中ですね。最近になって頭角を現すとは、珍しい。」

「ああ。」


このご時世だ。

好戦的な妖といえど、明るく開放的なこの御世を、派手に暴れ回ることは滅多にない。


「西国一派、ねぇ…。」


あの夜――年終わりの晦日の夜。

じっと動かず、鯉伴と娘を見つめていたあの視線。

あれはきっと、妖だ。


「連中の狙いは…、」


もしや、若菜ではなかろうか。

いや、動機がわからないのでは、確証できない。

だが、可能性として捨てきれるものでもなかった。


若菜は、あの視線に気づいていないようだった。

ただの人の娘、妖が何故付け狙おう。

考えすぎか。

それよりもあのよろしくない視線は、鯉伴をねめつけていたと考えたほうが、筋道が通るというもの。


「首無。皆、揃ったか。」

「そろそろかと思われます。」

「そうか。なら、行こう。」


鯉伴は闇に包まれた大気を震わせ、羽織を翻した。

池に、畏れたような、波紋が広がった。
















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