織紡ぎ

□桜
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「あ、また動いた。」


縁側、満開の垂れ桜の下に、その二人の姿はあった。


「今日は特に元気みたい。」


若菜がお腹をさすってやると、また身動きをする感覚がした。


「貴方。この子、久しぶりにお父さんとゆっくりできるのが、嬉しいみたい。」

「そうかい。」


嬉しそうなのは、若菜のほうだ。

胎内でずいぶんと大きくなった我が子をさすって微笑む彼女は、まさに天女のようで。

鯉伴は彼女の手に、我が手を重ねた。


「もうすぐで十月が経ちますね。
もうすぐ、この子に会える…。」

「嬉しいか?」

「勿論!貴方は?」

「当たり前だ。」


ふっと笑みを交わして、二人で桜を見上げた。


「ねぇ、」

「ん?」

「桜を、見に行きませんか?」

「桜?」

「そう。」


若菜は気高く聳える大樹を見上げ、目を細めた。


「私はと、貴方と、この子の三人で。
町にね、私がよく行ってたお社様の桜があって。
その桜ったら、毎年本当に綺麗に咲くのよ。


「へえ。」


彼女は本当に嬉しそうに笑った。

いつだったか、かつて聞いた、彼の母が父に話していた会話と、まんま同じだ。

その時の母と彼女の顔が重なって、鯉伴は目を細めた。

情趣の解せない自分には、桜がそんなにいいものには思えないけれど。

彼女と、息子と。

見上げる桜も、悪くないかもしれない。



「約束、ですよ。」

「ああ。約束する。」



そっと彼女の肩を抱き、瞼を閉じた。





















「若菜様…。」


裁縫をする若菜に、呆然とした風情の雪女が歩み寄る。


「あら?どうしたの、雪女さん。」


「鯉伴様が…、鯉伴様が…っ!!!」




刹那的に、嫌な予感がした。
















――鯉伴様が、亡くなられました。


















目が、耳が、全身が。



世界を、拒絶した。










*

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