織紡ぎ
□悋気
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「リクオ。おいで。」
あーう、と舌足らずな声でてくてくと一生懸命に母のもとへ這って行く息子を、鯉伴は胡坐を掻き肘をつきつつ、半眼でぼうっと眺めていた。
「そうそう。上手よ、リクオ。
すごいすごいっ!」
その頭を撫でて、抱き上げぎゅっと抱きしめる若菜。
褒められた本人は、実に嬉しそうにきゃっきゃと笑う。
面白くない、と思った。
無意識のうちに深い嘆息が出る。
「あら。どうしたんですか、鯉伴さん。」
「いや…」
言えない。
まさか息子が可愛がられていて、それが面白くないなどと。
百鬼を背負う自分が、
決しても言えるわけがない。
「元気ないですよ。大丈夫ですか。」
「まあ、な。」
別に、怪我をしているわけでもないけれど。
本当はちょっと悲しいのである。
これも決して、言えるわけではないのだけれど。
少し調子が悪い旦那を見て、若菜はきょとんと首を傾げる。
「お父様ったら、どうしたんだろうね、リクオ。」
うー?と今度は不思議そうにするリクオ。
それに、若菜はまたにっこりと微笑んで頬をすり寄せる。
あ、もう限界だ。
「毛倡妓。」
「――はい。」
ほどなくしてやって来た部下に、鯉伴は無言で立ち上がり、若菜の抱く息子をひょいと掴んで渡した。
「え?」
「持って行け。」
怪訝そうに驚く妻の傍らに、鯉伴はどかりと腰を下ろした。
「しばらく面倒を見てろ。」
「承知しました。」
毛倡妓は釈然としない様子だったが、主の命である手前、何も聞かずに幼い御曹司を抱いて去って行った。
「あ…。」
唖然としつつ、連れて行かれる我が子を、切なげに見つめる若菜。
それを見ると、鯉伴も胸が痛かった。
けれど、悔恨はない。
瞬く彼女の視線は鯉伴の方を向き、憮然と相手を睨めつけた。
*