長編

□第三夜
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「行くぜ。」


彼は、多く語らなかった。

大股に歩き、喧騒のする方へと足早に向かった。



誰もが、その後に続く。

権威を、誇りを、矜持を、そして畏れを。

纏い背負うすべてを賭けて、守るため、彼らは魍魎の主に従った。



































業火のように、恐ろしく回りの早い火走りだった。

河童族がそれらを必死に食い止め、何とか鎮火して屋敷を守っている。


怒涛の声が、高々と喧騒を作る。

どこもかしこも、騒乱だった。


鯉伴は父譲りの長ドスを振りかざし、彼らと対峙した。


「なあ、お前らが西国一派かい。」


声を張るが、彼らは答えない。

肯定と受け取って良さそうだ。

意識をなくし、ただの傀儡のように動く妖に、恐怖で絶叫しながらも、恭順し戦うしかない哀れな者。

確かに意識を持ち、自分の意思で戦うのは、少なかった。


「これが、てめぇらの作りたい百鬼かい。」


こんなもの、百鬼夜行ではない。

ただの、屍の隊列だ。


鯉伴は忌々しく舌打ちし、薙がれた風刃を斬り捨て、刀に妖気を込める。

畏れを纏った刀は、次々と襲ってくる敵を確実に斬り伏せていった。


「くおぉら、このコラくそ餓鬼がぁ!!!」

「げっ、親父。」


忘れていた。

この父親に、知らせるのを。


「聞いたぞ鯉伴!てめぇ自分でこの屋敷狙わせやがって!!」


胸倉を掴み上げられそうになるのを、鯉伴は何とか回避する。


「わかった、わかった後から聞くから今は親父も手伝えって!!!」

「何だかよくわからんが、それが人に物を頼む態度かい。」

「悪かった悪かったから頼むから手伝ってくださいって!!!」

「ふん。良かろう。」


小さい老人は、鼻で笑うと。

まさに口から鬼火を吹かんとしていた妖怪に逆袈裟斬りの一太刀を浴びせた。


「このぬらりひょんに我こそ敵わんという奴は出て来い!!!
儂が纏めて相手になってやる!!!」


そんなことを叫んで、老父は走り去って行った。

あの空元気だけは、この四百年変わらないと鯉伴は思う。


だが今はそんな思案をしている場合ではない。

核となる一派の幹部、主格の輩を探し出さねば。

洗いざらい、聞かねばならぬことが山ほどある。


広間近くの回廊はあらかた片付いた。

すぐさま次の地点へ向かおうとした彼の傍らを、何かが駆けた。

反射的に、大きく後方に飛びのく。

刹那、彼のいた場所に、天からの雷が落ちた。

無論、回廊のその部分は全壊で。

鯉伴は舌打ちし、敵を広い庭園へと誘った。




――、来る。



右だ、と悟って一撃を薙ぐ。

しかし、相手の方が早かった。

一瞬遅れて、鯉伴はもう一度、今度は上へ跳んだ。

そして、その場所は大きな音と共に潰れた。

蹄が食い込んで。



「何者だ。」



低姿勢に構え、誰何する。

するとそれ――漆黒の闇色の毛並みを持つ馬は、彼へとその紅い双眸を向けた。

そして、一瞬で人型へと転変する。


現れたのは、黒いぬばたまの髪をした、青年だった。

身なりは古く、白く映えた狩衣を身に纏っていた。


両者の威嚇するかのような険しい視線が絡んだ。



「……奴良組総大将とお見受けする。」

「いかにも、俺が二代目奴良鯉伴だが。先に名乗るのが常識ってもんじゃないのかい。」


すると彼は、鼻で笑った。


「名などない。ゆえ、名乗る必要もない。」

「ふん。とんだ屁理屈だな。」


ふと、鯉伴に思い当たる妖がいた。


「馬腹か。」


彼は少し考えてから、


「そう呼ぶ者もいる。」


馬腹、とは獣であり、妖でもある。

普段は馬の容貌だが、永く生きた者はその妖気で人型をとれる。

常は山奥にひっそりと暮らしていて、これが暴れることは少ないのだが。

中には性格によって凶暴なものもいて、馬が暴れるとまた手がつけられない。

衆生の肝を好み、食らい、妖気を高める。

凶暴馬か、または温厚馬か。

目の前にいるこの男からは、そのどちらの性格も伺えなかった。


「分が悪いのはわかっているゆえ、早々に引き払いたい。」

「おいおい、喧嘩吹っかけたのは、おまえ達の方だろうが。」

「斎姫を、大人しく差し出してはもらえぬか。」

「……は? 誰だ、それ。」


すると相手は、あからさまに嫌そうな顔をした。


「とぼけるか。貴様がいつぞやの夜に、傍らに在ったと聞くが。」

「はぁ? だいたいこのご時世に姫様ってなぁ、」


いや、待て。

いつぞやの夜……大晦日のことだろうか。

と、するなれば。


「……若菜、」

「ほう。やはり知っておるか。」

「いや、おまえの言ってることが、てんでわからねぇが、」

「斎姫をどこに隠した。貴様の女を盗るつもりはないが、斎姫なしでは我々も不都合だ。」


駄目だ。言っても聞く連中じゃない。

一度黙らせて、喋らせるか。

仕方なしに、攻撃の間合いを伺っていると。


「大君。劣勢です。」


第三者の声が、間に入った。

大柄の老いた姿を晒したその影は、鯉伴に目もくれず、馬腹の傍らに跪いた。


「これ以上は、数を減らすだけかと。
それに、ここに斎姫のお姿はありません。」

「そうか…。残念だ。」


至極惜しそうな顔をして、彼は鯉伴を流し見た。


「姫がおらぬとなれば、もうここに用はない。姫は後々我らで探し出す。
隠そうなど、するのではないぞ。」

「おい、その姫ってのは、いったい誰なんだ。」


一瞬の間の後、馬腹はわずかに声を低くして言った。


「魑魅魍魎の主となられる方、その半身だ。」


それだけを言い捨て、彼は手を挙げた。


「幸菜。」

「はい。」


珠が転がるような、女々しくもわざとらしい声が応える。

どこからか現れた彼女は、馬腹の傍らに寄り添い、印を結んだ。






「ふゆべ。応え、その名は風神渚洛。汝、我に名を掌握されし者。我は賀茂の者なり。運べ。」







しゅんと風が唸り、彼らの姿が薄くなる。


「おい、待ちやがれ!」


呆気にとられていた鯉伴がはっとして彼らに駆け寄るも。

鯉伴が馬腹の腕を捕らえる前に、彼らは消えた。


忽然と、跡形もなく。



































馬腹陰陽師
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