長編

□序夜
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長らく、千歳と百歳余りが過ぎて。

畝尾山に、人気はないに等しい。

そこがかつての大妖怪を封じた場所だということを、皆は知らない。

されど、彼女の怨念か否か、そこは人を寄せ付けさせない。

けれど、その日ばかりは違った。



「時節は、巡った。」

「時は千年を過ぐ。」

「今こそ、その頃合。」




地に、五芒星が画かれた。

札は放たれ、言詞は紡がれる。

そして。







――封印は、解けた。















「ん?」

「どうされました、総大将」

「ああ、いや。」


一瞬、嫌な予感がした。

それが何なのか、自分にはわからないけれど。

――何か、起きる。

それは、彼のこれまで四百年の経験からの胸騒ぎだった。

男は格子窓から伺える月を見上げ、
切れ長の目を細めてねめつけた。


「今宵は……荒れる。」













「主らは、何者ぞ」


跪く彼らを呆然と見渡し、狐――器のなくした和魂――は呟く。


深く叩頭した男の一人が、口を開く。


「お初にお眼にかかります。この度は、ご拝顔仕りまして――…」

「追従はよい」

「では失礼を。我ら一派が、貴女様、市女狐様を僭越ながらお越し奉りましたは、紛れもございません。」

「申してみよ」

「我らの積年の怨みを、貴女様とともにしたく」

「恨み…?」


途端、弾けたように彼女は開眼した。

すさまじい絶叫が木霊した。

大気が震え、大地が割れた。






「おのれ……おのれ陰陽師!!!」

「市女様。どうでしょう。ここは、その怨みを晴らされては」

「何……?」

「貴女様を祟った陰陽師どもは死にました」

「ですがそれでは、あなたの怒りはおさまりませんでしょう」

「なれば……今はまず、お力を蓄えになられてはいかがか」

「千年前と同じく、もう一度百鬼を率い、貴女様が妖の頂点に立てば、」

「憎き陰陽師は二度と現れませんで」



狐は唸った。

ひゅーひゅーと荒い息を繰り返し、考える。



「……よかろう。」


陰陽師によって剥奪された百鬼夜行を取り戻す。

そして、もう一度かつてのように返り咲く。

憎き陰陽師が――人が、自分を忘れてしまわぬよう。

この怨み、畏れと変えてみせよう。








不敵に笑う女狐の声。

しかしそれに隠れて、下僕となりし者達が密かな笑むのを、彼女は知らなかった。










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