命遊び

□綿飴
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「貴方は夢の世界に落ちました。正確には夢ではないのですが、他にいい例えが思い付かなかったのです。」

どうしてこうなったのか、全く覚えていない。俺は姉貴と一緒に夕飯の支度をしていた筈だ。いつの間にかこの空間に一人佇んでいた。

辺りは濃い霧に包まれ遠くも見渡せず、目の前で話しているであろう人物の顔もよく見えない。

「俺に何の用だよ」
「いえ、貴方の方が私に用があって来たのです。ここはそういった場所です。心残りがあるのでしょう。」

心残りという言葉に俺は心を澱ませた。
あいつの事だ。
俺は警戒しつつ次の言葉を待った。

「私が誰だか聞かないのですね。本能的に私は人ではないと分かっていますね。
その通り、私は自然現象に近いものです。擬似的に会話をしているだけで、あって、気持ちはありません。」

俺は頷いた。理屈は分からないが、これは起こるべくして起こっている。

「これから貴方の心残りが現れます。どうにかして下さい」

その言葉を最後に、それは言葉を発しなくなった。





「サレ」

目の前に死んだ筈のそいつが現れた。この旅で俺が最も心に残った、存在。

「なに?」

意外にも返事をしてくれたそいつに、俺は言葉が出なかった。言いたいことがあったのに、納得できないことがあったのに。
マオが最後までサレはサレのままだったと呟いていたことを思い出す。
例え生き返ってもこいつが罪を悔い改めるとは思えない。

それでも、俺は。

「お前に生きて欲しかった」

生きていればお前がするであろう悪事も防いでやった。殴って痛みを与えたかった。
それなのに、お前は死ぬことを選んだ。
許せなかった。

「僕に生きていて欲しいなんて思うのは君くらいだよ。ま、君は誰に対してもそう思うだろうけど。」
「誰に対しても、って訳じゃ」

サレが俺の頬に手を添える。

「君みたいな存在、ヘドが出る」

そう言って口づけしてきた。







「いや、おかしいだろ!!!!」

目が覚めるとそこはヴェイグの部屋だった。
姉貴といた気がするけど、なぜヴェイグの部屋にいるんだ。
隣にはヴェイグが寝ている。俺がベットから出ると、目を開けた。起きていたのか。

「…うるさい」

ヴェイグは起き上がり、頭を抱えてる。
俺は下に散らばった空き瓶を見た。

「成人式の祝いをやろうと、酒を飲もうと言い出したのはお前だろう。覚えていないのか。」

状況が理解出来ていない俺に気付いたのかヴェイグが丁寧に説明してくれる。
しかし全く覚えていない。

「俺、もしかしてアルツファイマーかも」
「お前は物忘れと物覚えが酷いだけだ」

ヴェイグもベットから出て、ソファーに座る。少し怠そうだ。

「何がおかしいんだ?」

そう問われると、さっきのあの唇の感触が甦る。俺は行き場のない不快感を体を擦って誤魔化した。

「ええっと。真面目な話をしている途中でセクハラされた。」
「サレの夢か」

俺は固まった。てっきり何を言っているんだと、呆れられると思ったのに。
この親友は何故分かったのだろうか。

「な、な、なな」
「ティトレイ。サレはお前の事好いていた。
お前もサレも気付いてなかったが。」
「え、好?、え?ええ?」

混乱する俺を他所にヴェイグは淡々と語ってきた。サレが俺を、なんだって?

「サレのことはもう気にするな。忘れろ、とまでは言わないが。あいつは最後、人だった。お前のお陰でな。」

ヴェイグは僅かに目を反らした。








「どうにもなっていませんね」

またあの霧の空間に連れてこられた。
どうするも何も、俺は別にどうかしたい訳じゃない。ただ、どうしても心に引っ掛かりが残る。
そこには当然のようにサレがいた。

「何で僕はキスしたの?」

それは俺が聞きたい。サレは不思議な顔をして俺を見つめる。
ヴェイグから聞いたけど、こいつは俺が好きだったらしい。しかしここで、お前は俺が好きだったと自分の口から言うのが物凄く恥ずかしい。それに嫌だ。

サレは俺に近づいて瞳を覗き込む。深い闇に包まれたサレの瞳には何も写っていない。
俺の何を見ているか分からない。

「サレは、何かやり残したことは、心残りはないのか?」
「ないよ」
「あるだろ?もっと考えてみろよ。」
「ないってば」

遠回しに伝えようとしたけど、相手を不愉快にさせるだけだった。
ああ、もう止めよう。焦れったい。
俺がサレにどう思われようが思っていようがどうでもいい。

「ティトレイ。少しだけ、いい?」

そうサレは言いながら、俺の肩に体を預けた。ヴェイグの言葉が頭を掠める。
気持ち悪いと、突き放せず俺はモヤモヤとした綿飴のような霧を眺める。
サレに対するこの思いが、なんなのか分からない。
 

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