歪な鎖

□トイレ
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ガタンッ!
馬車が大きく揺れ、俺は派手に椅子から転がり落ちた。
その際に隣に座っていたサレを巻き込み、床の上に重なるようにして倒れた。

あちこち打った痛みに耐え、ふと前を見ると、
サレの顔が間近にある。女のような白い肌、長いまつ毛、そして濁った蒼い瞳。

「重い」

苛立つ声がして、俺は慌てて体を起こした。
悪いと謝るが少し怒っているようで乱暴に服を叩いている。

「すいません、車輪が外れてしまったもので、直ぐに修理をはじめます。」

その運転手の声に更にイライラしながら、サレはドカッと椅子に座った。

「だから田舎は嫌なんだ。トイレにも行けない」

「小便ならそこですりゃいいだろ」

そう外の茂みを指差すと、あからさまに見下したような視線を向けてきた。

「子供でもしないよ、そんなこと。本当に下品だね、君たちは」

野ションくらいでなんだって言うんだ。
そう言い返そうとしたが、相手は相当苛立っている。いくら気の利かない俺でも、ここは黙っていた方がいいだろうと空気を読んだ。
どのくらいの付き合いになるかは分からないが、一応ご機嫌取りはしておこう。
工場に嫌がらせされたら困るし。

サレは次第に苛立ちが強くなり、まだ終わらないの!?と怒鳴りこんでいた。

「お前短気だな」

そう言った後で、しまったと思った。
サレは少し血走った目で俺を睨み付けてくる。
火に油を注いでしまった。

「あ、ああ、悪い悪い。慣れてないもんな、馬車での長旅なんて。」

「飲んで」

「え?何を」

当たり障りのない言葉で取り繕っていると、奇妙な単語で遮られた。俺の目に入る場所には何か飲めるようなものは置いていない。

「だから、出すから飲め」

そう言いながらサレはベルトをカチャカチャと緩めた。
それでもまだ意味が分からなかった俺は、そのサレの奇行をただ唖然として見つめる。

「しゃがんで上向いて」

片方の手で肩を捕まれ、無理矢理しゃがまさられる。

「噛んだら殺す」

ずいっとサレのイチモツを突き付けられ、ここでようやく俺は何をされるか分かった。

「外でして来いよ!」

「嫌だよ、何で僕がそんな下級民族の真似しなきゃならないの?」

「おかしいだろ!トイレはみんなするだろ!?」

言ってて俺も論点がずれているような気がした。しかし、そんなこと気にしている場合ではない。
俺はしゃがんだまま後ずさりをする。ドンっと後ろの壁に背中が当たった。

「君さ。自分がどんな立場か分かってるの?」

その声はどこか楽しそうで、顔を見るとさっきの苛立ちはどこへいったのか、両方の口の端をつり上げ、ニンマリと笑っていた。
こいつ、最低な奴だ。俺を苛めて楽しんでやがる。

俺はキッとサレを睨み付けた。
この程度で逃げ出すと思うなよ!

その時は意地があった。最初、騙す気だったのにまんまと騙されていたことや、始めから俺や工場の仲間を見下すこいつが気にくわなくて仕方なかった。

許して下さい、なんて、こいつにすがるような事は絶対にしない!

俺は勢いでサレのイチモツをくわえる。歯に当たらないように気を付けているとぐっと奥に押し込まれた。思わずおえっと嘔吐き、身を引かせようとしたが、サレの両手はガッチリと俺の頭を掴み、それを許さなかった。

「出すよ」

口の中に生暖かいものが注がれ、アンモニア臭がぶわっと広がる。吐き気に襲われる。目尻に涙が溜まり、力を入れると、ジワリと滲み出るようにして零れ落ちた。だけど俺は耐えた。自分のプライドと、工場の仲間、姉貴、それらさえ揃っていれば充分だ。

ゴクッ、と飲み込むと、その生暖かさは喉を滑り、胃の中にまで熱を伝えた。それがなんとも気持ち悪かった。

止めどなく溢れる尿をこぼれないように飲み込んでいく。こぼして尿臭くなるのは自分だし、それに離したら頭の上からかけられそうで。

その悪夢のような時間はなんとか過ぎ、俺は安堵して口を離さそうとしたが、サレはガッチリと俺の頭を掴んだまま離さない。

「まひゃ、へるのひゃ?」

くわえたまま通じるか分からないが、まだ出るのかと言葉をかける。俺はサレを上目使いで見つめた。頭から手をどけてくれ。

「舐めて綺麗にしてよ」

そこまでやらせるのか。怒りは消えて、少しうんざりとした。この男は徹底して俺を苛め抜くつもりだ。

俺は舌を恐る恐る動かし、口の中のものに添える。
その時に麻痺していた味覚が戻り、尿の苦味と人が持つ独特の臭いが、舌先から喉奥に広がるように伝わった。
耐えられず大きく嘔吐く。幸い、飲み込んだ後だったので、床も俺も汚さずに済んだ。

「辛いなら戻る?」

その言葉は俺を解放するものではない。代わりに姉にさせようかと言っているのだ。
薄れていた怒りがまた沸き戻る。

本当に、こいつ、最っっ低な奴だ!
 

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