薄桜鬼

□bitter chain
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 「沖田先輩、」

 きみの声は、僕を蝕む鎖のよう。

 「おはようございます」

 あんまり屈託なく笑うから、僕はいつも苦笑いばかり返してしまう。

 「おはよう」

 それなのにきみは、嬉しそうにして。

 「はい、おはようございます」

 確かめるみたいに繰り返す。

 「挨拶は一回でいいよ」

 澄まして言う僕の言葉に、また嬉しそうに頷いて。
 どうしてきみはそんなに、いつでも幸福そうなんだろうね?
 壊してしまいたいけど、出来ない。
 きみが僕の所有物なんじゃなくて、僕がきみの所有物だから。
 決して切れない鎖に繋がれているのは、きみじゃなくて僕だから。

 「沖田先輩」

 「なに?」

 「チョコ、好きですか?}

 鞄から銀の包み紙を取り出すきみに「普通」と答えると、「はい」とそれを差し出してきた。

 「貰ったけど、わたしビターって嫌いだから」

 その証拠に、チョコは一口齧られたきりもういらないとでもいうように手がつけられていない。
 いまはチョコって気分じゃなかったけど、僕はとりあえず受け取っておいた。
 きみはこれを貰ったって言ったけど、いったい誰に餌付けされてるんだろうね?
 きみを甘やかしたい男ならごまんといる。

 「ありがとう」

 やっぱり苦笑いしか出来なくて、それでもきみは嬉しそうに笑った。
 この苦笑いは皮肉のつもりなんだけど、きみには通用しないみたいだ。
 どうしたってもどかしい気持ちは伝わらない。
 きみは僕を惑わしては、他へ行って、笑って、また戻ってきて、同じ笑顔を見せる。
 手に持った鎖を離さないから、僕は縛られたまま、きみを想うしかない。
 こんなの、不公平じゃない?
 それならいっそ、きみが持っている鎖の端をきみの首に巻きつけて、離れられなくすればいい。
 他へ行けないようにしっかり繋ぎとめて。
 銀紙を破いてチョコを齧ると、甘苦い味が舌に広がった。
 僕は無防備なきみの腕を引いて、赤く色づいた唇にキスをする。
 唐突なことにきみは驚いたまま、深く重ねていけば、やがて恍惚として目を細める。

 「気持ちいい?」

 囁くと、きみは恥ずかしそうに目をそらした。
 離れてしまった唇を惜しむように、物足りなそうな顔をしている。

 「チョコのお礼」

 「……お礼になってません」

 僕が抱き寄せたまま離さないから、きみは僕の腕と胸の間に閉じ込められて、目元を真っ赤にして俯く。
 
 「ほんとはビター、好きなんです」

 きみは上目遣いに僕を見て、だから、と続けた。

 「もう一口、食べたい、かも」

 遠まわしな、思ってもいない要望に、僕は思わず苦笑する。
 こんなに素直な反応を返してくれると思わなかった。
 僕はまたチョコを齧って、今度はゆっくり、顔を近づけて。
 絡み合う舌の熱で溶けるチョコは、苦いはずなのに胸焼けがするくらい甘かった。
 甘い毒。僕は君の声に溺れて、きみは僕のキスに溺れて。
 お互いの首を鎖で繋ぎながら、どこまでも堕ちていく。
 
 「もっと欲しい? なら、ちゃんと言ってごらん」

 濡れた瞳はどうしようもなく僕をそそらせる。
 唇をわずかに離したまま意地悪に囁くと、その距離がじれったいのか、きみはぎゅっと抱きついてくる。
 そんな可愛いことをしたって、きみがその声で上手に求めるまで、してあげないよ。

 「……キスして」
 
 きみのおねだりは、僕が我慢できなくなるのに十分だった。
 すべてのことを甘く溶かして、僕を惑わせて、誘う。
 漏らす吐息すら僕に絡みついて、縛りつけて離さない。



 君の声は、僕を蝕む鎖のよう。
 (僕はそれに、自ら溺れていくんだけれど)








 

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