紅き蝶 白き魂2
□40話
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視界が低い。まるで子供の視線だ。おそらく七、八歳程度の子供。
その視界に映りこむのは恐らく自分の足元。俯いているのかまったくそこから映像が動かない。
きゅっと手が握られている。なんだか胸がチクチク痛み、浅葱は唇を噛んだ。
するとこの肉体の持ち主もまた、同じく唇を僅かに噛んだ。
いや、『浅葱が噛んだから真似た』のではなく、この『身体の持ち主が噛んだから浅葱が真似た』のだ。
そうこの身体の持ち主と自分は繋がっているのだ。
それなのに指一本も動かせない。まったく動かない身体に視線。
思うように動かない身体に困惑していると、身体の持ち主から想いが流れ込んできた。
どうして?
なぜ巫女は死ぬと分かっていて召喚しようとするのだろう。
吐血していたことは内緒だと言われた。
なんで内緒にしなければならないのだろう。だって七星士は巫女を護るのが仕事なのに。
そして巫女はわたしにも仕事をするなと言った。
わたしの仕事は巫女を死なせないように、自分にすべてを移すことなのに。
だから肺の病もわたしに移さなきゃならないのに。
脳裏に優しく微笑む少女が浮かぶ。
着物に袴姿の女学生姿。黒く綺麗な黒髪を結ぶリボンがふわりと揺れている。
勇ましく薙刀を振るう姿、無邪気に笑う顔、決意を秘めた瞳。
次々と思い出される巫女の姿に目頭が熱くなる。原因が分からない胸の痛みに苛まれどうしていいのかわからない。
自分が彼女の全てを移しとってしまえばいい。そんなことは言われなくても分かってる。
でもそれじゃ、巫女との約束を破ってしまう。
指切りというものをされた。破ったら針を千本飲ますのだと笑いながら言っていた。
たわいもない子供遊びだけど、嬉しかった。人形のわたしを人間として見てくれる事が、泣きだしそうなほど嬉しくて言葉にならなかった。
でもわたしは天帝に与えられた役目を全うすることが仕事で、巫女の命令は天帝の命令より格下。
天帝の命を優先し約束を破った時、巫女に失望されるのが怖い。
でも…そうしなければ、巫女は―――。
祝詞が聞こえる。もう一刻の猶予もない。
玄武を召喚出来たとしても、巫女には交わる力すら残されていないのだ。
神が巫女に触れた瞬間、巫女は耐えきれなくて死んでしまう。
わたしに出来る最善のことは……。
ぎゅっときつく眼を瞑り、心の中で詫びる。
ごめんなさい、巫女。
わたしはあなたに死んで欲しくない。
いま力を解放すれば、一時的にあなたは救われる。
だからどうか、生きて……っ。
今まで巫女の命で遮断していた力を解放する。
バシュンッと何かがはじける音が聞こえた。
「――!?お前っ」
七星士の誰かがわたしの名を呼んだような気がする。
でも誰だかわからない。遮断してきたせいで今まで巫女の身体に溜めこまれていた不浄の穢れが怒涛の勢いでわたしに流れこんでくる。
わたしを取り巻く様に風が吹き荒れ、巫女から出た黒い靄がその風に巻き込まれ身体に吸い込まれていく。
痛いっ。痛い、苦しいよ、巫女。
でもこれで巫女が救われるのなら、わたしは嬉しい。
どうか女宿と幸せになって。あなたには絶対に幸せになってもらいたいんだ。
わたしの巫女―――――多喜子。
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