紅き蝶 白き魂2

□37話
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翌朝、長老に教えてもらった特鳥蘭にいくため出立の準備をしていた。

紅南国の服装でこの北の大地を旅するのは辛いだろうと、厚手の服やコートなど彼らの好意で身につけている。

さらには馬まで用意してもらい恐縮しきりだ。

お礼を言えば、困った人がいれば助けるのが当り前だと返されてしまった。

なんとも人が良い人たちだと美朱達は笑っていた。


「お姉ちゃん、またね。…じょうずになって絶対お姉ちゃんたちに会いにいくから!」

「ええ、その時は早駆けの競争をしましょう」

「うん…っ!やくそくだよ!」


涙目になりながらも気丈に笑おうとする少年に優しげな視線を送り、浅葱はしっかりと頷き返す。

この約束が実現するかわからない。でもこの純粋な目を見てそんなこと言えるわけがない。

でもいつか彼が成長し、馬を巧みに操り乗馬で競い合う光景を想像する。

それはとても優しい夢だった。いつか実現して欲しいと願ってしまうくらいに。

もう一度「約束だよ!」という少年に「ええ」と返事を返し、浅葱は柳宿が乗る馬に彼の手を借りて騎乗する。

5頭しか差し上げられないと言われたが、5頭も貰えることの方に驚いた。

本当は歩いてでも行こうかと思っていただけに、彼らの好意は何から何まで嬉しかった。


「別れは済んだみたいね」

「はい。今度会ったら早駆けをすると約束をしました」

「あら面白そうね。その時はあたしも仲間に入れてちょうだいな」

「……大人げないことはしないでくださいね」


面白そうに笑う柳宿に一応釘をさす。

彼は子供相手にむきにならないわよ!と軽口を返してくれた。




あれから泣いた事に触れず、ずっといつも通りで話してくれる柳宿に少しだけ安堵した。

あんなこと彼に言える筈もなかったから助かった。

ただ目が腫れるからと無理やりテントに連れられ目元を冷やされただけ。

ずるいと思いつつも甘えてしまい朝を迎えた。この優しさが嬉しくて悲しかった。

いつか手放す時がくるかもしれないと思うと怖い。

そのとき自分は冷静な状態でいられるだろうか。



考え事をしていたせいで徐々に下を向いて行く浅葱に、柳宿は明るい声色で声をかけた。


「こーら!そんな辛気臭い顔しないの!あの子、おどおどしてるわよ」

「え…あ…ごめんなさい」

「あんたのごめんなさいは聞き飽きたわ。それより別れくらい笑顔でいなさい」

「……っ。はい」


一瞬自分たちの別れ際の事を言われたのかと思ってしまった。

今までそんな事を考えていたからかもしれない。


(………いけない。意識を切り変えなきゃ)


柳宿に促され馬上から見下ろした先にいた少年に優しげな視線を送る。

彼女の視線に気がついた少年は、不安そうな顔から嬉しそうな表情になり、精一杯手を振ってくれた。

浅葱も振り返す。


「それじゃ行こうか!」


美朱の掛け声にそれぞれ頷き、斗族の集落を後にする。

浅葱もまた、柳宿に連れられ皆の後を追うように見送る人たちに背を向けた。





目的地は特鳥蘭。

神座宝が祀られていると伝えられる地。



不意に悪寒が走り浅葱は不安を鎮めるように深く深呼吸した。





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