紅き蝶 白き魂2
□50話
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「……ごめんなさい。我を忘れてたわ」
それほど立たずに落ち着きを取り戻した柳宿に、浅葱はほっと肩の力を抜いた。
取り乱した原因が、ここの世界が「本の世界」であるといことを知ったからだと分かっているので、まだ安心はできないが冷静さを取り戻した今の彼なら話し合いはできる。
抱きしめていた体を離すと目元を赤らめた柳宿と目が合った。
「いいえ。落ち着いたのならいいです。……その、聞きずらいことなんですが、作りものとか誰に聞いたんですか?」
「……」
「柳宿?」
「……話す前に服着なさい。目に毒なのよ」
「あ……っ!?」
言われてみれば体を清めている最中のまま。いわば半裸状態。
そんな姿でいざ話そうとしても、進まない……というか最早ただの変態だ。どこの露出狂だ。
(そうよ、半裸……まって!その姿のまま柳宿の頭を抱きかかえたってことに…っ!?)
悲鳴を上げなかった自分を褒めたい。喉までせり上がった空気は音となる前に飲み込まれた。
ただし浅葱の顔は熟れたリンゴのように真っ赤に染まり、慌ただしく着替えを始めた。
「そんなに慌てなくても襲わないわよ。いいもの見れたし、得した気分」
「あ、慌てます!!だってまるっと丸見えだったのに私ったら…っ」
後半の言葉をあえて無視し、着なれない民族衣装を何とか身に着けていく。
基本はどの国も似ているので手間取ることなどないはずなのに、今は焦りや羞恥から手元がおぼつかない。
「その服ってこの国のものよね。……似合ってるけど、着方おかしくないかしら?
ほらそこ。襟がひっくり返ってるわよ」
「おかしくもなります!柳宿が来なかったらちゃんと一人で着れてました」
「それもそっか。ま、あたしのせいなら責任をもって手伝ってあげるわ」
語尾が妙に弾んでいるのが気になるが、このままでは確かに時間がかかってしまう。
指摘された襟元を直し、窺うように上目で柳宿を見れば輝かんばかりの笑み。
さっきまでの冷たい微笑みではないが、別の意味で背筋が震える笑い方だった。
「イタズラはしないでくださいね」
「しないわよ。ほんと信用ないわねぇ」
「信用ではなく信頼しているから、です」
「……っ。……浅葱、何度あたしを殺す気?」
「はい?」
「わかってないのなら別にいいわ……」
なんのことだかさっぱりだ。何かを諦めた柳宿に、首を傾げ浅葱は腰に巻く布をとる。
そのまま巻き付け帯で仮止めした後に、はいているズボンを下ろせばなんら問題はないだろう。
まだ手元がおぼつかないし、顔は真っ赤だし、自分自身の熱で暑いしで纏まらない思考回路をなんとか総動員し、身支度を進めていく。
最早柳宿を追い出す気力もない。そのかわり、さっきのセリフが気になりチラッと彼を窺う。
柳宿はいつものような優しい顔で、浅葱の服を手直ししている。おかげでなんとか見れるようにはなった。
着替えを終わらせ鏡台の前に座る。――――正確には座らされる。
楽しげに髪を弄られるのを何となく鏡越しで見ながら、なんだか何も知らず、まだ彼を女と思っていたころを思い出しクスリと笑ってしまった。