紅き蝶 白き魂2
□47話
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夜が明ける。台に寝ている態勢で窓を見ながら、浅葱は静かに深呼吸を繰り返した。
夜の気配があるときは体が重く感じたが、今はそれほどではない。しいて言うなら、運動後のけだるさに近い。
それもこれもまだ寝続けている柳宿が、自分に気を送り続けてくれたからだろうか。
ここまで自分と同調できる気を送れたことに驚きを持ちつつ、そういえば魂を半分こした仲だし不思議ではないか。と納得した。
まだ寝ててもいいが、目が覚めてしまったしすることもない。仲間たちも各々就寝中だろう。
部屋を見わたしても家具以外何もなく、簡素な部屋でしかなかった。
「少し、少しだけ体動かしても大丈夫そうね」
柳宿のおかげだ。そっと体を起こし、恋人の眠りを妨げないよう寝台から抜け出す。いや、抜け出そうとした。
繋いでいた手を離し、できるだけ音を立てずに起きたはずだったのに――。
「ねぇ……人がずーっと心配してるっていうのに、何も言わず脱走する気ぃ?」
「ぬ、柳宿!?起きていたんですか!?」
「ええ。あんたが起きる前からね。で、言い訳を聞こうじゃない」
「ええと……、おはようございます?その、少し驚いてしまって」
じっとりした目で言われ、思わず怯えたように後ずさる。それでも一応挨拶は忘れていない。
「おはよ。そう。で、なんで後ろに下がってンの?」
「あ、これは、その……」
半眼で睨まれているようで怖かったなどと言ったら、さらに機嫌が悪くなることは確か。
しかしうまく誤魔化すこともできず、浅葱は気まずげに俯いてしまった。
「ダレも怒ってやしないわよ。けどさ、いきなりぶっ倒れて、今にも死にそうだった子に、心配しながら気を送り続けたあたしの気持ちを少しは考えなさい」
「あ……」
「いきなり叫んで赤い光をだすわ、それが収まったと思ったらめちゃくちゃ体調崩すわ、生きた心地しなかったンだから」
そろりと柳宿を窺えば、彼は真剣な表情でこちらを見ていた。よく見れば、目の下にうっすらクマが浮いてもいる。
なによりも美意識の高い柳宿が、己の美よりも自分のために心配し付き添ってくれたことに、申し訳なさと相反する嬉しさを感じ、、浅葱は胸がトクン動いたのを感じた。
「ご、ごめんなさい。それから、ありがとうございます。柳宿」
「そうそう、素直が一番よね。それで?なんでまだ下がってンの?」
また声音が変わった。恐ろしく怒りを感じさせる低い声だ。これは絶対怒ってないなどウソに違いない。
けれどそれに抗う力も起こらず、浅葱はおずおずと柳宿に近づいた。
「そう、いい子ね」
幼い子供に話しかけるように、今度は優しい声音に変わる。さっきから低かったり高くなったり、いったい何がしたいのか。
不安そうに瞳を揺らす浅葱とは対照的に、柳宿はにっこりと笑みを浮かべ、触れるほどに近づいてきた彼女の手を強く引っ張ると抱きしめてしまった。
「え?え?」
「……生きてるのよね。呼吸をしてる。心臓が鳴ってる。すべて幻じゃないわよね?」
「はい、生きてます。だから安心してください。――柳宿」
ぎゅっと抱きしめられ、いかに自分が彼を心配させたのか分かった。
ほんの僅かに柳宿の腕が震えている。眠っている間、心配させたことを謝るかのように、浅葱もまた彼の背中に腕を回した。
トクトクと規則正しい心音に身を委ねていると、とても安心する。
このままずっと抱き付いていたいが、井宿からずっと自分に気を送ってくれていたと聞いていたことを思い出しそっと体を離した。
「井宿から聞きました。ずっと気を送り続けてくれたんですよね。ありがとうございます。
でも柳宿、疲れてませんか?どこか悪くなったりとか」
「疲れはあるけど、悪くなったりとかはしてないわよ。むしろ、あたしはあんたが心配」
「柳宿のおかげでだいぶ気分がいいんです。大丈夫ですよ」
「そのこと以外でよ。ほら、あの洞窟で手に入れた黒い石。あれ、あんたの中に消えてっちゃったのよ」
「はい?」
「だから、あの石。あんたの中に溶けるように消えたのっ」
なにを言ってるのだろう。これは新手のドッキリか。
キョトンとしている浅葱に、柳宿はじれったいとばかりに叫ぶ。
「これドッキリですか?」
「だから!消えたっていってんのっ。その証拠に、あんなに握りしめていたあの石、あんたの手にないでしょ」
そう言われれば。洞窟で手に入れ、そのまま握りしめていた石が見当たらない。
落としてしまったのかと、周りを見回すがそれらしきものもなかった。
意識を失ったとき落としたのかもしれないが、柳宿の表情を見る限りウソを言っているようには見えなかった。
「なんだか、よくわかりませんがあの石は私の中にあるんですよね」
対して驚くことでもないと言いたげな浅葱に、柳宿の肩がガクリと落ちる。