紅き蝶 白き魂2

□45話
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美朱と鬼宿、翼宿の三人が消えた方を見つめ浅葱は柳宿に寄りかかる。

どうしようもない不安で無意識に支えるものが欲しかった。

トンと軽く彼女の肩が腕に触れ、柳宿は安心させるように優しく彼女の身体を抱きよせる。


「心配しないの。きっと鬼宿と翼宿が連れてきてくれるわよ」

「そう、ならいいんです。でもあの狼が青龍七星士なら、きっとその先にいるのは敵のはず……」


彼らが神座宝を手にする前に取り返せるか、出来たとしても三人無事でいてくれるのか。心配事は尽きない。


「心配するな。井宿も美朱の気を追っている。……じきに見つかるだろう」


自分と同じように不安そうな張宿の頭を撫でる軫宿の言葉に、浅葱はぎこちなく頷く。

井宿を見れば彼は釈丈を手に真剣な顔つきで周囲の気配を窺っていた。

三人を追いかけたくとも身体がだるく思うように動かないのが悔しい。

井宿のように術でも使えればよかった。そうだったら待つだけなんてしなくてすんだのに。みんなの役にたてたのに。

そう思っていると、ふっと役にたったことなど一度もないことに気がついた。

守ってもらわなくてもいいようにと星宿に師事し剣術を学んでいるが、それが仲間たちの役にたっていない。

いや、今は師事する人も傍にいないのでまた我流に戻ってしまっている上に、技術も身についていない気がする。

もっと力がほしい。みんなを、仲間を守れる力。頼られる力が。

不意にくらっと視界が歪んだ。貧血を起こした時と同じ感じに、とっさに柳宿にしがみつく。


「ちょっと大丈夫!?軫宿、浅葱を見て頂戴!」

「だい、丈夫です。すこし眩暈がしただけですから」

「洞窟の中であんなことがあったのだ、少し休むといい」

「そうよ!ほらこれに腰かけなさい」


軫宿の助言と柳宿の過剰な心配に、本当になんともないのに。と困惑しつついわれるがまま近くの岩に腰かける。


「浅葱さん、あの、これをどうぞ」

「ありがとう張宿」


とことことやってきた張宿に渡された水に軽く口づけると、乾いていた喉を潤した。

意外と水を欲していたらしい。なんだかほっと落ち着く。


「……貧血だな。美朱が見つかるまで休んでいるといい」

「はい…」


自分的には本当になんでもないのに、どうしてこうも皆心配するのだろう。

そんな思いが顔に浮かんだのか、こつりと軽く頭を小突かれる。


「あんなことがあったから、みんなあんたが心配なのよ。少しはあたしたちを頼りなさい」

「……うん」


周囲を見渡せば気配を探っていた井宿も、近くにいる張宿も軫宿も柳宿も深くうなずいていた。

そんなみんなの心遣いが嬉しくてこそばゆい。

自分が何者なのか知りたいだろうに、洞窟で玄武の形代がでてきたことで気味が悪かっただろうに。

彼らのやさしさが嬉しくてそっと瞳を閉じた。


「浅葱?」

「……みんな、ありがとう」


そっと呟くように言えば和らいだ空気が流れる。

ああ、なんて優しい人たちなんだろう。こんな優しい人たちにずっと内緒にしているわけにはいかないのかもしれない。

西廊国についたら覚悟を決めなければ。そうとなれば、早く美朱を見つけなければいけない。


「井宿、美朱見つかりそうですか?」

「むむ。それが何か障害があって掴みにくいのだ。近くにいるのはわかるのだけど」

「私たちから近い範囲では見当たらないのだ、あとは後を追いかけていった二人を待つしかないだろう」


難しい顔の井宿に続いて、軫宿が冷静に言う。その隣では張宿が心配そうに二人を見ていた。


「やっぱりそうですか……」

(どこにいるの、美朱)


妹に思いを馳せきゅっと手を握り締める。その手を覆うように柳宿の手が重なった。


「ダイジョーブよ!この雪の山の中だし、女の子の足じゃそう遠くへは行けないわ。
それに美朱よ?どこかで転んで立ち往生でもしてるわよ」

「柳宿……そうですね」


柳宿の言葉に頷き返していると、遠くで翼宿と鬼宿の声が聞こえた。


「二人が帰ってきたのだ!どうだったのだ?」

「なんや美朱のことなら心配いらんそうや。なんや鬼宿がそう言ってたで」


ところどころ雪をかぶった翼宿が軽く雪を叩き落とし、彼に続けて戻ってきた鬼宿が同意するように頷いた。


「鬼宿、どういうことですか?美朱の居場所分かったんじゃないんですか?」

「美朱を探しているときに太一君に会ったんだ。
で、伝言を受け取ったんだけどな、それが『敵を追いかけてたら具合が悪くなったから、先に西廊国に行っててくれ』とさ。『治ったら後を追う』って。
美朱は太一君が責任もって送ってくれるっていうし、俺らは戻ってきたんだ」

「具合が悪くなったから先に?具合って、美朱大丈夫なんですか!?」

「お、おお。太一君がいるしそんな心配する事態にはならねぇはずだぜ」

「でも、そんな状態のあの子を置いてくるなんて!きっとその辺に実っていたものを食べたのね!
あの子のことだからその辺でお腹を抱えて唸っているわ!」

「……浅葱さんの美朱さんに抱いている印象ってそんな感じなんですね」


慌てて立ちあがた浅葱の言葉に、張宿が何とも言えない微妙な表情で呟く。

姉妹といえどそのいい方は悲しすぎる。


「急いでいかないと……っ!きゃ!」

「ちょっと、いきなり走りださないの!いい?太一君が一緒にいるんだし、万が一そんなことになっていたとしてもどうにかなるわよ。
それより、あんたさっきより顔色が悪いわ。太一君の言葉に甘えて、美朱のことは任せましょう」


雪で滑り倒れ掛かった浅葱を支え、柳宿は彼女の顔を覗き込む。

僅かに頬に赤みが差したが、それでも白い肌がさらに白くなり青白ささえ感じられるほどだった。


「でも!」

「でもじゃないの。みんなもそれでいいわね」


柳宿の気迫に負け押し黙る浅葱を抱きかかえ、柳宿はぐるりと仲間たちを見回す。

太一君が巫女の安全を保証してくれているためか、それぞれ了承の意を示した。


(美朱、本当に大丈夫なのよね……)


なんでこんなに不安になるのだろう。太一君が傍にいてくれるのに。


(ああ、そうか。太一君が今ここで現れたからだわ。いつも太極山にいるから)


天帝である太一君は誰にでも平等でいるから、特定の人物に肩入れしているのに違和感があったのだ。

今は朱雀と青龍が争っているために均衡を保つ意味もある。

とはいっても、なんとなくだが朱雀である自分たちに若干肩入れしている気がするが。

柳宿に支えられ浅葱は漠然とした不安が付きまといながらそんなことを考えていた。


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