邂逅と安らぎの檻にて

□第6話
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カタン、と戸に触れ井上は険しい顔でさらに言葉を続けた。

彼の話では、左腕に深手を負ったが命に別状はないという。

井上は数日中に頓所に帰りつくだろうと言うと、近藤と話があるからと背を向け去っていく。

その後ろ姿を知盛に担がれながら見送った秋風は、知盛を足で叩き無言で降ろしてもらった。

重苦しい空気が漂う中、一人胸を撫で下ろしている千鶴は浮いていた。


「よかった…」


ピクリと秋風の眉が僅かに動く。

彼女の腰に差してある小太刀を眼にとめ、秋風は酷く冷淡な声を出した。


「よかった…?お前は小太刀を扱うんだろ?それなのに『よかった』と言うのか?」

「え……」


冷たい黒曜石の双眸に千鶴の体が震える。

先程まで見せていた酔った顔でもいつもの冷静な顔でもなく、凍てつく氷の様な冷たく肌を突き刺しそうな眼。

それは自分達がここに初めて来たとき新選組の幹部たちが見せた『眼』に似ていた。


「…………っ」


怖い。


視線だけで殺されそうな錯覚を覚える。

カタカタと震え出した千鶴の肩を永倉が支えた。


「…おいおい、殺気を飛ばしてんじゃねぇよ。彼女に罪はないだろうが」

「別に殺気など飛ばしていない。ただ刀を扱っているとは思えない発言が癪に障っただけだ……すまない」

「……い、いえ」


未だに震えている千鶴に目を細め見下ろしていると、その重苦しい雰囲気を破るように斎藤の声が響いた。

「……刀は容易に扱えるものではない。最悪、山南さんは二度と真剣を振るえまい」

「あ……」


思い当たったのか千鶴が小さく声を上げる。

秋風は斎藤の言葉に頷くと自らの刀に触れ、瞳を閉じた。


「片手で扱えば威力は半減だ。さらに唾競り合いになれば力及ばず確実に負ける。
……たとえ山南さんが武士でありたいと願っても、刀が振るえない武士は武士ではなくなる」


静かにでも悲しい響きを残す秋風の言葉に千鶴は神妙に頷いた。

秋風は瞼を持ち上げ目元を弛ませる。

根は素直で優しい子だ。

先程の態度も死ぬほどの大怪我ではないと聞いて安堵したのだと容易に知れる。

ただ……ただ刀を扱う者が辿る運命を知ってほしかっただけだ。

少し大人げなかったとは思うが…。

その時彼女たちの会話を流しながら聞いていた沖田が、持っていた酒を見つめながら吐息と共にポツリと呟いた。


「『薬』でも使って貰うしかないですね。山南さんも納得してくれるんじゃないかなぁ」

「総司。……滅多なことを言うもんじゃねぇ。
幹部が『新"撰"組』入りしてどうするんだよ」

「……え?新選組は新選組……ですよね?」


沖田の呟きに永倉が顰めっ面で止める。

千鶴は目を瞬かせコテンと首を傾げた。

秋風は隣に立つ知盛に視線を投げ掛ける。

知盛も興味深そうに沖田たちを見下ろしていた。



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