邂逅と安らぎの檻にて
□第1話
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「はぁ、はぁ、はぁ…っ」
雪村千鶴は薄暗く狭い路地を駆けた。
音信不通になってしまった父を捜すために京の都へと辿り着いたが、訪ねた先の父の友人は生憎の留守だったため、仕方なく宿を探そうとしていた所だった。
吹き付ける冬の風に身を縮ませ、夕暮れの道を歩いていたのが不運というか。
粗暴な浪人に絡まれてしまい、逃げるが勝ち!とばかりに走り出し、男たちを撒こうとしていたのだ。
夕暮れは既に過ぎ、夜の帳が広がっている。
とにかく、身を隠す事を考え適当な所に身を滑らせた。
家と家の間は狭く、その間に板が立てかけられてある。
これで少しでも身を隠してくれると安堵の息を吐き出した彼女の耳に、男の声が朗々と入ってきた。
「待ち人は…来(こ)ず。珍客は来(きた)る…か」
「…っ」
息を飲み身体を強張らせながら恐る恐る声のした方に振り向けば、この闇の中でも輝く銀色の髪の男が、さして興味なさそうに千鶴を見ていた。
「月が隠れてしまわれた帳に参られたか?…月の姫よ」
「…え…?」
「生憎と…、俺は相手出来ぬ。羽を休めるのに…ここは不向きかと思われるが」
「あ、あの…。どなた、ですか?」
朗々と低い声が紡がれる。
少し早めに話してくれる方が、気分的にいいとひっそりと思いながら、千鶴は恐る恐る声をかけた。
「クッ…。お嬢さん、それを聞いて如何する」
「あ、いえ…ただ、どうしてこんな所にいるのか疑問に思ったので」
「…迷い猫を…探すため、だ。…よもや、別の来客が寄られるとは…思わなかったが」
「猫、ですか…?」
こんな夜になるまで探すなんて、よっぽど大事な猫なのだろう。
千鶴は追いかけられていたことなど忘れ、銀髪の男を見るため真っ直ぐに顔を上げた。
薄暗い路地ではなく、月が出ている通りの方がこの男には似合う。
ダルそうに上半身を壁に預け、目を細め見下ろしてくる紫の瞳。端正な顔立ちだが、精気の欠片が些か薄い男だ。
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