天満月

□閑話4-2
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夕食も終わり夜もふけてきた。
空を照らす月明かりを頼りに、柳宿は離れの自宅へと戻るために本邸の廊下を歩いていた。これから就寝準備だ。
仲間たちは救国の英雄として、朱雀七星士の客としてもてなされている。
ただし就寝は柳宿の住んでいる離れで休むことに決まっていた。
魏に憑りついている妖魔のことや、敵のこともあるため、迷惑のかからない場所で休むことになったのだ。
ただし、もしも妖魔が姿を現し暴れるような事態になるのなら、近くの寺に厄介になる算段もつけている。
あそこなら多少脆いが結界のようなものがあるし、万が一があった場合坊主たちの法力で抑え込むことも可能だろう。
面倒は遠慮したいと渋る坊主どもを説得するのに、少し時間がかかってしまった。最後はごり押しだったのは気のせい気のせい。

「鬼宿――じゃなかった。魏そこで何してんのよ」
「柳宿……」
「みんな向こうで寛いでるけど」
「いや、なんかさ。こうしてこっちの夜空を見上げてると、どっか懐かしい感じがしてずっと見てたんだ」
「そりゃ、元々はこっちの世界の人間だから当たり前じゃない」

廊下の欄干に凭れるように座っている魏に思わず声を掛ければ、魏は苦笑いと共に夜空へと目を向ける。
つられて見上げるが、部屋の明かりで月明り以外かき消されている夜空は薄暗い。

「オレ、美朱と一緒になりたくて全部捨てて、向こうの世界の人間になったはずだったのにな……。
それなのにこっちに記憶(こころ)を置いてきちまって、身体も記憶も何もかも中途半端で。
中途半端だって思ったら、美朱への想いもそんな程度だったのかって思っちまった……。それに今なんて敵にまんまと騙されて妖魔なんてモンまで……」
「なによ。それで黄昏てんの?」
「実際そうだろ?」

夜空を見ながらそう言うと魏は黙り込んでしまった。これは随分落ち込んでいる。
しかしまあ、ここまで自分の存在意義で落ち込んでいるとは。
記憶のことや体の事は敵の罠に嵌ってしまったことで起きたことだし、深く考え込むなといえたらどんなにいいだろうか。言えるはずもないけど、そんな言葉。
柳宿は深く息を吐くと、少し視線を彷徨わせ魏を真っ直ぐに見下ろす。
まだ夜空を見ている魏の横顔に、苦いものがこみ上げてくるのをぐっと堪えた。

「あたしから見れば、あんたは昔も今も変わってないわよ。どこまでも猪突猛進で美朱を思っているただのバカな男。
――それにね。美朱への想いが薄っぺらいもんだったなんて言わないでくれる? また言ったら本気でブッ飛ばすわよ」
「柳宿?」
「……自分自身を信じなくて誰が信じるっていうのよ。あの時の想いはあんた自身のものでしょ。
記憶がないのだって天罡のせいだし、その記憶だって石として散らばってるだけで消えてるわけじゃない」
「そうはいってもさすがに妖魔は」
「妖魔の事はどうにかするわよ!いい、あんた達二人は『あたし達』の願いも託してんの!
こんなことでグダグダしないで、自分でもどうすればいいか考えさない!」
「……」

落ち込む魏を元気づけようとするも、魏は何かをしきりに考え黙り込んでしまった。
一度落ち込むと、復活するまで時間がかかるのは昔のままらしい。一番効くのは美朱の言葉と存在だけど、いまはそれを頼ることもできない。
柳宿はぐっと口を引き結び、無意識にこぶしを握り締めていた。
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