天満月

□閑話4-2
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「ぐぁーーー……ッ!!」

魏が美朱から石を渡した瞬間、さっきまでとは比べ物にならないうめき声をあげ始めた。
口に布切れを突っ込まれているのに、地を這うような声を。
手にした石は魏の手から転がり落ち、硬質な音をたて壁際まで転がっていく。

「た、魏!?」
「まずいのだ!」

井宿が焦った声で術を唱えながら魏の懐に飛び込む。
一瞬、魏の身体から黒い靄のようなものがとぐろを巻いて出て来たように見えた気がした。

「な、なに……?」

美朱の上ずった声が静かに響く。

「ふう。なんとか間に合ったのだ」
「井宿今のは一体なんだったの?」
「詳しくは分からないけれど、どうやら鬼宿には何かの術以外にも妖魔のようなものも寄生しているようなのだ」
「妖魔……」

井宿にもたれかかる様に気を失った魏に、美朱が顔を青ざめさせ後ずさる。
ムリもない。向こうで浮気現場に遭遇した上に、こっちでは敵の術にハマったために接触が一切できない。しかも石を魏に戻すこともできなかった。

「ウソでしょ。ならコレどうやって戻すのよ」

そう言うと柳宿は転がっていた石を持ち上げ頭を抱えた。

「ごめんね柳宿」
「いや謝ってほしいわけじゃないんだけど」

しょうがない、か。
肩を落とし拾い上げた石をまた美朱の手にのせてやる。
戸惑う彼女に「あんたが持ってなさい」と言っておいた。自分が持っているよりも美朱が持っていた方がいいだろう。

「……えーと柳娟。さっきから奇妙な叫び声が聞こえたが、大丈夫なのかい」
「あら兄キ。おかえりなさい。ちょっと仲間内でふざけちゃってねぇ。うるさくしてごめんなさい」

いつの間に来たのか、外出していた兄が帰って来たらしく顔を覗かせていた。
自分に似てる顔が妙に引きつっているが見なかったことにしておく。

「そ、そうなんだ。あ、そうだった。もうじき夕食だから皆さんの用意もしておいたけどいるかい?」
「気が利くじゃない!ありがと兄キ。 さてこれ以上話は進まないだろうし、もう夕暮れだものここは一先ず腹ごしらえしましょ。
あとは鬼宿よね。半裸でうちの中を動き回られるのは、たまったもんじゃないし……そうね。これを着て」

自室から上着を一着持ってくると、疲れた顔の魏に渡す。
敵の術で体力が消耗しているようだ。

「……ああ、さんきゅ」
「そんなに体格差もないみたいだからね。もし短いならあとで家の者に替えを用意させるわよ」

この二年で自分の体つきも変わってきているから大丈夫だと思う。
見た感じ魏とあまり差はないし平気だろう。
井宿の手を貸りながら上着を着た魏に、美朱が「鬼宿!」と目を瞬かせた。
こうしてみると随分と小ざっぱりはしていても、彼が鬼宿と同一人物なんだと実感する。

「へー。たま、お前。柳宿と同じ体格なんやな。うはは!勝ったで!」
「はっ!なに言ってやがる!ここの丈少し短いだろうが!」
「そんない小指の爪くらいの差は同じと変わらんわ!」
「あんたたち、あたしにケンカ売るなんて、いい度胸してるわねぇ」

あまり気にしていなくても、こうして仲間内で比べられると頭にくる。
この減らず口を減らすために実力行使はやむを得ないだろう。
うふ。とハートマークが語尾につきそうな程微笑みを浮かべながら、その手はゴキリと指鳴らしをした。
二人の叫び声と、なんとも鈍い音が室内に響き渡り、兄を含め他の仲間たちは必死に視線を反らした。
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