紅き蝶 白き魂2

□51話
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そうこうしていると、ここの主に連れられ翼宿たちが入ってきた。体力が回復したからか、随分と威勢のいい声が響く。

鬼宿も入ってきたが、彼は美朱を一瞥しただけだった。それに浅葱のこめかみがヒクリと動いたが、今は何も言わずにいることにした。

美朱と鬼宿二人の問題なのだ。たとえ仲間でもあまり知られたくないだろう。

そんな気遣いをしていると、仲間たちの会話から意外なことが発覚した。

どうやら、ここの主は元白虎七星士らしい。奥さんも同様に白虎七星士なのだそうだ。90年前に現役だったというから、歳は見た目よりもかなり上ということになる。

どう見たって還暦過ぎたくらいにしか見えず、浅葱は七星士は老化が遅いのかしらと思った。

主の宿星名は奎宿(とかき)。奥さんの宿星名は昴宿(すばる)という。

二人のほかにもう一人、婁宿(たたら)という七星士が神座宝を持っているらしいが、ここにはいないのだそうだ。

なんでも特別な理由があって白虎廟からでないらしい。それでも手がかりを得たことで希望が見えてきた。

それぞれ明るい顔で椅子に座り、各々興味がある美朱が作った異国料料理を小皿に乗せ始める。

それを頬を引きつらせつつ浅葱は何も言わず、そっと近くにあった食べられる料理を小分けにし自分と柳宿の前に置いた。


「ありがと。でもやっぱり気になるんだけど、美朱が作ったっていう料理」

「……見ててください。わかりますから」


浅葱の二度目のセリフに柳宿が不満そうに「だからそれってなによ」と唇を尖らせる。

それを無視しつつ、料理を啄み始めた浅葱は憐れみをもって仲間たちを見ていた。

その時だった。カラン……と箸が落ちる音と共に、仲間たちの顔色がみるみる青白くなり息も荒くなっていく。そして心の中で一致する。「これは食べ物ではない」と。

一人は声もでず、もう一人はただただ口癖を連打するのみ。さらに一人は人間の食べ物か!?と料理を凝視し、一人は中身を知りたいと妙な探求心を燃やす。

残る一人は医者らしく、胃薬を調合しようと固く決心していた。


「こういうことです」

「こういうことです、じゃないわよ!知ってたんなら止めなさいっ!」

「止めても興味で口にしてました。ならその身をもって知るべきなんです。――それにこれは鬼宿のお仕置きも含まれてます」

「……え、えげつな……」


淡々とした口調で答えた浅葱に、柳宿の顔が強張る。

彼女はお仕置きのために、他の仲間たちまでもが犠牲になったというのに、なんでもなかったかのように湯(たん)を口にしていた。


「ねぇ、なんで皆固まってるの!しかもマズイって顔してる!」

「ままままま、まずくはないで!こ、これなんかチョー美味い」

「……それシーファンさんが作ったヤツ」

「あ……」


自分が飲んでいる湯はシーファンが作ったらしい。同じくそれを口つけていた翼宿が慌ててフォローをいれるも、撃沈していた。

「マズイもんはマズイんだよ。豚のエサのほうが食えるんじゃねぇか……―――どわ!?」

「鬼宿!お前なんちゅうーこというねん!!いくらマズイもんをマズイって……ぎゃあ!?」

「あらゴメンなさいな。でも言っていいことと悪いことくらいあるんじゃないのかしら?」


うふふと青筋を浮かべ柳宿の鉄槌が鬼宿と翼宿に落ちる。

柳宿は静観していたが、さすがに聞き捨てならないことを発した二人に堪忍袋の緒が切れたのだった。

それを呆気にとられ見ていた美朱は、殴られ情けない姿の鬼宿と目が合いとっさに走りだし逃げ出してしまった。

そのあとを追いたいが、今はそれよりもするべきことがある。浅葱はツカツカと倒れている鬼宿に近づき、にっこりと笑った。


「あ、浅葱……?」

「私、人の恋路を邪魔するとか野暮なことはしないと決めてるんです。
それと同じように、首を突っ込むこともしないようにしてきましたが、今回は目にあまります。
鬼宿、覚悟、できてますね?」

「え?な、なんのこと」

「……自分の胸に手を置いて聞いてみたらそうですか?そうそう、柳宿と私は覚悟を決めましたから、ねっ!」


発破をかけることも大事と、自分たちの報告をしつつ言い終わる寸前で右足を彼の局部へと叩き付けた。


「ふ、ふぎゃぁぁぁああああ!!!」

「あら、なにみっともない声をだしてるんですか?そんな声を出しても美朱は来てくれないと思いますよ」


ふふふ……と袖で口元を隠しながら笑う浅葱を見た他の男たちの顔色が、一層悪くなったことに彼女は気がつかない。

気づかないことが浅葱にとって幸いだった。仲間たちは「鬼畜だ」などと恐れ戦き彼女から距離をあけていたのだから。


「あの……今、すごい悲鳴が聞こえたんですが」

「ああ、すみません。これが少し情けない声を出したんです」

「た、鬼宿さん!?いったいどうなさったんですか?」


身体をくの字に曲げ、冷や汗を流す鬼宿を見たシーファンが慌てて駆けつける。

悶絶している鬼宿はなにも言えず、代わりに近くにいた浅葱が「腹痛です」と答えていた。


「柳宿、彼を部屋に運んでください。尻と言わず急所を蹴り――正確には踏み潰し――ましたから、これで少しは目でも覚めるんじゃないでしょうか」

「これで目が覚めたら、ある意味怖いわ……」


言葉で発破をかけるのではなく、物理的にかけた浅葱に柳宿は呻く。

しかし、彼も床に沈めた時点で浅葱と同じなのだが、そのことには誰もつっこまなかった。


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