天満月
□閑話
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ゆらゆら月が揺れる。
注がれた酒に映る月は半分で、まるで自分の心ようだと青年は苦く笑った。
もうあれから一年以上は経つ。何の変化もない日常は、あれが夢だったのではと思えるほど平凡だ。
それでもたまに現れる仲間の一人と顔を合わせることや、いまや国母となった親友と会うことはできなくなったが手紙のやり取りはしていた。
とはいえ、親友の方は最愛の人を亡くしたショックで気分がふさぎ込み、最近では床に伏している状態でそのやりとりすらままならなくなってしまった。
「……現実ってやつはうまくいかないもんよね」
誰しも願いは愛する人の傍にいることだ。それは家族だったり、友人だったり、恋人だったり。
失うということは、願いそのものをなくしてしまうということ。場合にとっては、生きることすら放棄する人もいる。
でもそれは自分の独りよがりでもあると彼は思う。
誰でも平等に死は訪れるし、予測不可能な事態に引き離されることもある。その別れを悲しみ悲嘆にくれるのは、残していった者にとっての願いではないだろう。
カチャッと音を立て、青年は首にかかる紅玉のついた首飾りに触れる。
残す方も、残させる方も痛みは同じだ。どちらも辛くて苦しい。どちらが重いなどないに等しい。
「……それにあんたにはいるじゃない」
愛する人が残した忘れ形見が。自分には手に入らない永遠に続く血脈が。
今まで本気で親友に嫉妬などしたことはなかった。それでも今はその感情が噴き出しそうで、胸が痛い。
青年はらしくなく酒を呷ると、紅玉を触れていた手を放し立ち上がった。
戦のキズも癒え平時に戻りつつある今、実家の方でも商売が上昇傾向にあり繁盛している。
明日は遠方のお得意様に行く必要があり、少し早めに出る必要があるのだ。
青年は月を振り返ることもなく、殻の酒瓶をグラスと片手に歩き出した。
今度親友に会いに行こうと思いながら。
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