天満月
□3話
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学習の移動も終わり、宿泊先の旅館で夕食も終わった。
就寝は大部屋を一クラスずつ借りているので、自由時間の今は各々固まって談笑していた。
「食ったぁ!」
「料理美味しかったね」
「あとはお風呂だけど……時間は」
「2時間後にうちのクラスよ」
「2時間もあとかよ!」
呻く藤原に浅葱は同意の意味を込めて頷いた。
時計は夜の七時。一時間自由時間が設けられ、それからクラスごとに入浴時間が決められている。
Aクラスから順に入るので、Cクラスの浅葱達は早くても一時間と三十分は先の話になってしまうのだ。
食べ終わったらお風呂に入って寝てしまいたい。慣れない環境に気疲れてしまった。
浅葱は旅館の都合なので仕方ないと肩を落とし、おもむろに立ち上がった。
「あれ?夕城さんどうしたんですか?」
「少し散歩。じっとしてるのなんだか落ち着かないし」
「えー!しゃべろうよー!女子会!コイバナ!」
「……」
見かけによらずこの手の話が好きだったのか。
藤原がだだをこねるも、浅葱は「今度ね」と逃げるように大部屋を出た。
女子会はともかくコイバナなんて到底出来そうにない。羞恥心もあるが、一番は彼をただの話のネタに使いたくなかったからだ。
柳宿はそんな簡単に話せるような存在じゃない。ずっと心の奥底でくすぶるこの想いは、そんなに軽くはない。
浅葱は壁に背を預け深呼吸すると、旅館の入り口を通り抜ける。
頭上に広がる夜空は昔、紅南国で見たものと変わらない。ただあの時は月も星も輝いていたのに、今は人工の光でくすんだ夜空しか広がっていなかった。
「……変わらないのに。やっぱり違うのね」
今日は半月。ちょうど月が半分輝く日だ。
くすんだ夜の空に輝く半分の月を見ていると、なぜだか自分たちのように思えてしまった。
決して片方がいなくなったわけではなく、ちゃんと傍に存在している月と、魂を分け合った自分たち。
「別名、片割月。本当に私たちみたい」
手を伸ばし掴むそぶりをしてみるが、もちろん本気で掴もうとしたわけではない。
ただこうして手を伸ばせば、奇跡を引込めそうな気がした。少しでも奇跡が近づきますようにと願いを込めて。
月を見上げていた浅葱は静かに瞼を下ろした。
しばらくそのままでいたが、ザッザッと慌ただしい音を耳が拾い上げ目を開ける。
上げていた腕を下ろした浅葱は、突き出していた手を見るとわずかに眉を下げ、何事もなかったかのように歩き出した。
月の奇跡はまだ自分たちに降りてこないらしい。
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