天満月

□1話
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五月。大型連休も過ぎ学校生活に慣れだした時期、新一年生たちはそれぞれ部活や学業に青春を謳歌していた。

妹、美朱は料理の腕を上達させるためにと「料理クラブ」へ、親友の唯は体を動かすのが性に合っていると「テニス部」へ入部した。

浅葱は入りたい部活もなく、特にやりたいと思えるものもなく、ただ単調な日々を過ごしている。

バイトをしようとも思ったのだが、学校の校則でバイトは入学半年過ぎになったらよいと決められていたので断念した。

これでは夏休みもバイトはできないと、内心ガッカリしていたのは内緒だ。

午後の人気のない廊下を歩き、一等静かな図書室のドアを開ける。

部活もそろそろ終わろうかという時間なので、司書の先生しかいない。

入学してからほぼ毎日来ているので、顔見知りとなっている先生に軽く挨拶をして奥まった場所に迷わず向かう。

いま読み進めているシリーズの続きを借りるために来たが、やはりまだ借りられていた。

昔出版されたので絶版だった本が、この図書館にあると知ったときは嬉しさで手が震えてしまった。

いままでライトノベルと言われるものを読んだことはなかったが、受験の後の暇つぶしにと気まぐれに買った本が意外と面白かったのが切欠だ。

その著者の作品を読んでいくうちに出会ったのが、その時はもう絶版となっていたこの本。紹介文だけで興味をそそられるというのに、手に入らないことに歯痒い思いをしたものだ。

著者の初期の作品なので仕方ないと諦めていたところの出会い。これぞ運命と言えるのではないだろうか。

本の内容は、普通の女子高生がとあることで心霊研究者と出会う話だ。唯我独尊な研究者と猪突猛進主人公のかけ合いはクスッと笑えてしまう。

それに二人を取り巻く人間関係も、その本の魅力のうちの一つ。サブキャラクターなのに、それぞれ個性豊かで読者は誰かひとりお気に入りを見つけられるだろう。

浅葱は主人公が気に入っているので、それには当てはまらなかったが。

浅葱は仕方ないとため息をすると踵をかえす。目的は読みたい本が返却されているかだったので、なければ帰るしかない。

美朱と唯には先に帰るよう言ってあるので、今日はもう一人で帰るしかないだろう。

はぁ…と心底残念なため息をしつつ、とぼとぼ歩くとカウンター前に珍しく生徒が一人いた。

図書の当番委員は先生が先に帰らせていたようだったので、対応は戸締りで残っていた先生がしている。

なんとはなしに生徒の顔を見れば、クラスメイトの女子。いつも静かに本を読んでいるという印象しかなく、正直名前も思い出せない。

彼女だけではなく、クラスメイトの大半の名前も知らないと気づいたのは、帰ってからの事になる。

そんなことをぼんやりと考えていた浅葱は、返却しようとしている本の表紙を見て目を見開いた。

探していた目的の本だ。ライトノベルらしく、可愛らしい絵柄とカタカナで書かれたタイトルで間違いないと確信する。

返却ということは、少し待てば借りられるはずだ。外を見ればまだ明るい。

まだ少し残ろうと決めた浅葱は、近くの席につき二人のやり取りを眺める。

生徒は肩までで切りそろえられた髪は、クセがあるのかところどころうねっていた。

制服も緩みを持たせたかったのか、それともサイズミスだったのか少し大きい。いや、彼女が平均よりも一回りも小さいからかもしれない。

後姿だけでも高校生には見えない。正面で見たらどうなのだろうか。

顔を思い出そうにもぼんやりとしていて、はっきりとは思い出せなかった。


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